カテゴリー「コーチング」の記事

特定保健指導でのコーチング

Self_coaching_diet 特定保健指導で必要な技術として、厚生労働省はカウンセリング技術、アセスメント技術、コーチング技術、ティーチング技術、自己効力感を高める技術、グループワークを支援する技術など、さまざまな技術を挙げている(行動変容のための保健指導技術(援助技術))。つまり、特定保健指導はコーチングだけで行うものではなく、その他の技術も必要に応じて駆使しなければ上手く行かないのである。しかし、保健師等の研修では相変わらずコーチングへの関心が高く、質問も多い。従来の教材は複雑過ぎるし、他の技術との区別が曖昧なものもあり、分かり辛いのかもしれない。そこで、私が講師を務める研修会では既に紹介してきたが(資料:特定保健指導での質問の流れ)、ここでも特定保健指導でのコーチングの流れを端的にまとめておきたい。
 やる気になった準備期の利用者に行動計画を立ててもらおうとして、厚生労働省が例示した教材を使うと、計算が複雑で面倒な作業となる。①腹囲の現状を確認し、②当面の目標を設定し、③1ヵ月で1cm減の「確実にじっくりコース」か、1ヶ月で2cm減の「急いでがんばるコース」か、どちらかを選んだ上で、目標達成のための期間を計算し、④腹囲を1cm減らすのに7000kcal減らすとして、1日に減らすエネルギーを計算して、⑤そのエネルギーをどのように減らすかを決めるのである(「標準的な健診・保健指導プログラム(暫定版)概要」p.40)。
 ところが、このような面倒な計算をしなくても、誰でも「確実にじっくりコース」を選べば1日に233kcal減らすことになり、「急いでがんばるコース」を選べば1日に466kcal減らすことになる。つまり、結果は同じなのであり、わざわざ計算するまでもない。また、当面の目標も「確実にじっくりコース」ならば自動的に1ヵ月後1cm減(3ヵ月後3cm減)となり、「急いで頑張るコース」ではその2倍となる。だから、コースを選んでもらって、エネルギーを減らす方法を決めてもらえばよいのであり、あとは当面の目標や最終ゴールを目指して実施・継続してもらうだけなのである。

 また、ビジネス界のセミナー業者は、傾聴や賞賛(ほめる)など、他の技術もコーチングとして紹介することが多い。しかし、それでは他の技術を学習済みの人達が混乱してしまうし、他の技術との併用や使い分けも難しくなる。従って、ここではコーチングを「質問によって答えを考えてもらい、自己決定や自己解決を支援すること」という意味に限定する。
 準備期の利用者にコースと方法を自己選択してもらう初回面接と、その後(実行期)の継続面接において、コーチングでかかわる場合の最もシンプルな質問の流れは、例えば次のようになる。

〈初回面接〉

Q1 腹囲は何cmでしたか?(手元にデータが揃っている場合が多い)
Q2 内臓脂肪が貯まった理由は何だと思いますか?
Q3 85cm(90cm)未満を目指すことが望まれますが、どちらのコースで進めますか?
     確実にじっくりコース:1ヶ月1cm減・・・1日233kcal減
     急いで頑張るコース:1ヶ月2cm減・・・1日466kcal減
Q4 どのような方法で減らしますか?

Cal_2

Q5 いつから始めますか?
end.分かりました。じゃあ、そうしましょう。ときどき経過をお聞かせ下さい。

〈継続面接〉

Q1 どのように努力してきましたか?
Q2 目標の85cm(90cm)未満に、どれぐらい近づきましたか?
Q3 続けるうえで障害になっていることはありますか?
Q4 今後、どうすればよいと思いますか?
end.分かりました。じゃあ、そうしましょう。また、ときどき経過をお聞かせ下さい。

※印刷して記入するためのPDFファイルはこちら

 既に述べた通り、関心のない人(無関心期)や関心はあるが直ぐに実行する気がない人(関心期)には、コーチングも空振りに終わるであろう(行動変容ステージと支援方法)。準備期や実行期に入った人にコーチングは効果的なのだが、それでも必要に応じてティーチングなどの他の技術を併用したり、微妙に使い分けたりしなければ、実際の特定保健指導は上手く行かない。

情報提供としてのティーチング指示による積極的ティーチング助言による消極的ティーチングティーチングとコーチングの使い分けセルフコーチングでダイエットCOMMUNICARE blog:コーチングなども、ご参照下さい。

文献:諏訪茂樹『対人援助のためのコーチング -利用者の自己決定とやる気をサポート-』中央法規出版

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増刷決定!

Coachingbook

 出版されて3ヶ月ほどで増刷になった本もあり、今も売れ続けてロングセラーになっている。それに比べると、出版後10ヶ月だから、ややスローペースかもしれないが、「対人援助のためのコーチング 利用者の自己決定とやる気をサポート」(中央法規出版)がようやく増刷決定となり、読者や書店や出版社の皆さんに感謝、感謝。

 ビジネス界のセミナー業者が中心となってコーチングを広めており、学者はほとんど関わっていないし、心理学者や教育学者はほぼ無視している。そのことによるメリットもデメリットもあるが、コミュニケーション論を専門とする社会科学者として、「魔法」「奇跡」「最強」「思い通りに相手を操る」などという、熱い思いのセミナー業者や素人さんの暴走に警告を鳴らしながら、コーチングの可能性と限界や他のアプローチとの違いを冷静・公正に語る学者が1人ぐらい居てもよいだろうと、自分では思っている。

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対人援助のためのコーチング  ―利用者の自己決定とやる気をサポート

Coaching 2007年7月 中央法規出版

1.コーチングとは? 2.ゴールを目指すコーチング 3.迷ったときのコーチング 4.困ったときのコーチング 5.よく使うコミュニケーション技法 6.ロールプレイでコーチングを学ぶ 7.プロセスレコードでコーチングを学ぶ 8.複数を相手にするグループコーチング 9. 一人でできるセルフコーチング 10.逆さまのピラミッドと目標管理 11.ティーチングとコーチングの使いわけ 12.コーチングFAQ

 ビジネス界ではブームが山を越したようですが、ブームが去っても必要なアプローチであり、「どのように現場に定着させるか」が今後の課題だといえるでしょう。カウンセリングやティーチングなど、他のアプローチも必要なのであり、それらとうまく共存させないと、医療や福祉や教育の現場では定着しません。対人援助の現場に適正な規模(範囲)で定着させるための出版です。コミュニケーション論などを専門とする社会科学者として、コーチングの可能性と限界を見極めながら、冷静かつ現実的な視点で執筆しました。

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コーチングの原典(原点)

Journal_of_information_processing_and_ma 「情報管理」5月号(vol.50 no.2)の「この本!~おすすめします~」というコーナーで、「はじめのコーチング 本物のやる気を引き出すコミュニケーションスキル」(ジョン・ウィットモア著 清川幸美訳 ソフトバンク クリエイティブ刊)の推薦文を書いた。一応、原稿料をもらっているので、ここで全文を紹介するわけにはいかない。ウェブ上でも全文を閲覧できるので、ここでは要点だけを掻い摘んで紹介しておこう。

 「はじめのコーチング」という邦題は、この本がコーチングの原典であるだけではなく、原点でもあることを表している。コーチングはアカデミズムと関係のないところで発展してきた。そのせいか、コーチングに関する様々な誤解や混乱もみられるが、この本を読めば本来のコーチングを理解することができる。心を癒す心理カウンセリングとは異なり、コーチングは自己実現を目指して頑張る人をサポートするものである。また、コーチングは褒めたり叱ったりして人を家畜扱いするのではなく、人が本来的に持っている高い能力を開かれた質問によって引き出すのである。

 あえて書かなかったが、占いや心理テストがコーチングでないことは言うまでもない。「はじめのコーチング」は、ハウツー本のように安くて読みやすい。ハウツー本ばかり読んで誤解や混乱の渦中にある人には、本当にお薦めの1冊である。

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「セルフコーチングでダイエット v(^▽^)/」をアップ

Self_coaching_diet GW前半を利用して、久々に新しいウェブページを作成した。とは言っても、既にアップしている「セルフコーチングをはじめよう v(^▽^)/」の姉妹ページで、ダイエット版にアレンジした「セルフコーチングでダイエット v(^▽^)/」である。

 いよいよ来年の4月から、職場の健康診断でおヘソ周りの測定が始まる。そして、メタボリックシンドロームもしくはその予備群と判断されると、医師や保健師や管理栄養士による指導が行われるという。ただし、指導といっても、従来のコンプライアンス論に基づく一方的な指示(ティーチング)では成果が上がらず、そこで期待されているのがコーチングである。ところが、メタボな人は40歳以上だけでも1960万人(該当者940万人、予備群1020万人)もいると言われているのに、それに見あう数のコーチングができる医師や保健師や管理栄養士の養成は、来年の4月までには間に合いそうにない。だったら、コーチングの対象は該当者の中でも困難ケースのみとして、基本的にはメタボな人自身にセルフコーチングをしてもらうのが、最も現実的なのかもしれない。

 そもそも、コーチングを受けた人は、コーチとの外言語によるコミュニケーションを通して、自分の内側で内言語によるコミュニケーションを行うことになる。つまり、コーチとの対話をきっかけにして自分自身と対話するのであり、そうすることで目標を設定し、現状を振り返り、選択肢を考えて、自己決定に至るのである。したがって、要領さえつかめば、内言語だけのセルフコーチングでも成果を上げることができるのであり、しかも、セルフコーチングが可能なほど自立度が高い人は相当に多く、そのような人はコーチを必要としないのである。

 ところで、話は変わるけれど、国の主導で問答無用で国民のおヘソ周りを測ることには、「患者の権利」という視点で考えると、やはり疑問が残る。男性であれば「無断で測りやがったな!みていろ!痩せてやる!」で済むのかもしれないが、女性に対しては余りにも無神経なのでは。この点を指摘したのは日本経団連の御手洗会長だけであり、さずがに優れたバランス感覚である。労働組合や野党は、なぜ黙っているのだろうか?

コンプライアンス論:世間では法律を守ることをコンプライアンスと言うが、医療の世界では長年、患者が医療職の指示に従うことをコンプライアンスと言っており、いかに指示に従わせるかというコンプライアンス論が盛んに研究されてきた。まるで「私がルールブックだ」と言わんばかりの時代に合わない考え方。

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インフォームドコーチングでヘルス&メディカルコーチング

ic  ある地方都市の病院長が、「うちはインフォームドコンセントを重視している」と言いました。私が「それは大切ですよね」と賛同すると、病院長は「だから、いつでも患者が医学書を読めるように書籍コーナーを設けているが、問題は患者の質問に看護師が答えられるかどうかだ」と続けました。また、この病院長は「最近の患者は常識を知らない。常識を教えないといけない」とも言いました。この病院の病床稼働率70%という経営危機は、この病院長や病院長の考えを見事に代弁する事務長の態度と無縁ではなく、私が全職員を対象に講演をするだけでは問題解決にならないことが、よく分かりました。

 医療関係者や医療に関心のある人なら誰でも知っているように、インフォームドコンセント(Informed Consent)とは、医療職が患者に治療の方法、効果、危険性、治療にかかる費用などについて、分かりやすく十分に説明し、患者の同意を得て治療することです。そうすることで、患者の知る権利や自己決定権を保障するとともに、患者の主体的な治療参加を促そうとするのです。インフォームドコンセントに基づく医療は1970年代後半にアメリカで生まれ、1990年代には日本でも急速に広まりました。今日では、理念や運営方針の一つにインフォームドコンセントを掲げている病院も多くみられます。

 ところが、本当に医療職は分かりやすく説明し、患者は心から納得して同意しているかというと、必ずしもそうではない場合もあるようです。冒頭に紹介した病院長の言葉は、本来のインフォームドコンセントから程遠い極端な例ですが、注意書を渡して承諾書にサインさせるだけのことも実際にはあります。また、インフォームドコンセントのことを医師はムンテラと言うことがあり、医師以外の医療職も同様にムンテラを口にしますが、ムンテラの意味を知ってのことなのでしょうか。ムンテラとはムントテラピー(Mund Therapie)の略であり、言い包めるという意味なのです。この言葉はインフォームドコンセントの趣旨と全くかけ離れているために、禁句にしている病院もあります。

 医療職に時間的余裕がなく、本来のインフォームドコンセントが難しいのも事実でしょう。しかし、それだけではなく、「インフォームドコンセント」という表現そのものに、本来の趣旨を形骸化させる限界があるように思えます。インフォームドコンセント(説明と同意)では、医療職が説明をして、患者から同意を得ればよいのだと捉えられがちです。その為に、医療職は自分で治療法を決定して、それを説明した後に「同意していただけますか?」という閉ざされた質問をしがちであり、そうすると、患者には同意するか否かの選択権しか与えられないのです。

 もちろん、治療法に選択の余地がない場合には、それでもよいでしょう。しかし、ガンの摘出手術をするか、それとも放射線療法を行うかといった、甲乙をつけ難い二つ以上の選択肢に直面することもあります。また、重い障害のある胎児を出産するか否かといった、患者やその家族に自己決定してもらうしかない問題もあります。さらに、生活習慣病の治療では、治療法に同意してもらうだけではなく、患者の主体的・積極的な治療参加が不可欠となります。これらの場合には、自己決定権を保障するうえでも、動機づけを強化するうえでも、専門的な情報を分かりやすく十分に提供しながら、開かれた質問をして考えてもらい、自己決定を引き出すインフォームドコーチング(Informed Coaching)の方が、はるかに優れているのです。インフォームドコーチングでは相手の自己決定を引き出すために、専門的な知識を積極的に提供することになります。したがって、それはプロコーチなどが行う一般的なコーチングとは異なり、各分野の専門家にしかできないコーチングなのです。

 インフォームドコーチングは、ヘルスコーチングやメディカルコーチングの要となるでしょう。甲乙つけ難い選択肢や自己決定してもらうしかない問題には、「選択や決心の問題へのコーチング」(開かれた質問がコーチングの要を参照)が役立ちます。また、主体的・積極的な治療参加を促すためには、「解決策が分からない問題へのコーチング」や「GROWモデルによるコーチング」(開かれた質問がコーチングの要やる気の理論とコーチング目標管理にいかすコーチングなどを参照)が効果的でしょう。

 <<ティーチング>> コンプライアンス論=患者は医療職の指示を守るべき
  医療職:お酒をやめましょう。やめるために断酒会に入って下さい。
  患 者:はい、はい(わかっちゃいるげど、やめられない♪)

 <<間違ったインフォームドコンセント>>
  医療職:お酒をやめるために、断酒会への入会を準備しますが、
       よろしいですか?
  患 者:あっ、そうですかー。

 <<インフォームドコーチング>>
  医療職:どうすれば、お酒をやめられると思いますか?
  患 者:一人では難しいなー。仲間でもいれば...。
  医療職:断酒会というのがあるのですが...(と十分に説明)
  患 者:それだ!

※この文章は「ナースコール 28巻4号」(テクノコミュニケーションズ)に執筆掲載した文章の一部を元に、加筆したものです。

文献:諏訪茂樹『対人援助のためのコーチング -利用者の自己決定とやる気をサポート-』中央法規出版

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目標管理にいかすコーチング (看護師との対話)

 目標管理(MBO:Management by Objectives through Self Control)を導入する職場が増えてきました。各人が仕事上の目標を設定し、計画を立て、実行し、評価するというプロセスは、これまでにも職業によっては当たり前のこととして行われてきました。ところが、これまで、このようなプロセスとは縁遠かった職業や職場にも、目標管理が導入されつつあるのです。

 目標管理における目標は、本来、よりよい仕事をして、職業人として自己成長するのために、各人が主体的に設定するものです。その意味で上司から部下に押し付けられるノルマとは根本的に異なるのであり、管理職はスタッフに目標管理を強制するのではなく、その過程をコーチングでサポートしていくことが求められるのです(文末の表を参照)。

 ここで、目標管理のためのコーチングについて、その一例を紹介しましょう。これはある病院の研修で、既に目標が決まっている看護師を相手に、コーチングのデモンストレーションとして行ったものです。ただし、研修が終わった後で私が思い出せる限り書き出したものであり、また、本人のプライバシーを保護する目的で、少々、内容を書き換えております。

  諏 訪:あなたの今年度の目標はなんですか?
  看護師:知識を深めることです。
  諏 訪:この病院の運営方針の一つにも適っており、いい目標だと思います。
       知識といっても、いろいろありますが、具体的に何に関する知識ですか?

 職場で行う目標管理では、言うまでもなく仕事に関する目標を設定するわけですが、それは職場の理念や方針と結びつくことが望ましいでしょう。また、目標は理念と変わらないような抽象的なレベルではなく、理念を具体化するような実践的な目標であることが望まれます。

  看護師:私は外科系に勤めていますので、術後のケアについて、
       知識を深めたいと思います。
  諏 訪:私は医療や看護の専門家ではないので、よく分からないのですが、
       術後ケアといっても、色々あるのでしょうね。
       特にあなたが必要としている知識は何ですか?

 コーチは答を与えず、答を引き出すだけです。ティーチングのように指示や助言をしないわけですから、相手の目標や課題について、コーチに詳しい知識や経験がなくても構わないのです。

  看護師:術後の痛みについて理解を深めることが、
       今の仕事に役立つと思います。
  諏 訪:術後の痛みですね。その知識は、どのようにすれば、得られますか?
  看護師:自宅にも文献がありますが、いずれも数年前のものなので、
       専門誌で最新の知識を調べたいと思います。
  諏 訪:どの専門誌をどれぐらい調べれば、
       最新の知識を得られると思いますか?
  看護師:代表的な3誌で過去3年間分、
       術後の痛みの論文を探せば、充分だと思います。

 「知識を深める」という漠然とした目標では、達成できたか否かの評価が困難となります。「過去3年間分の代表的な3誌から、術後の痛みの論文を探して読み込み、ノートに整理する」とか、「認定看護師の資格と取る」という具体的な数値目標に置き換えることで、客観的な評価が可能となり、やる気を引き出すことにつながるのです。

  諏 訪:その3誌は職場で閲覧できますか?
  看護師:はい、資料室で閲覧できます。
  諏 訪:では、いつ、閲覧しようと思いますか?
  看護師:次の休みの日にでも。
  諏 訪:休みの日ですか?何かと予定があるのでは?
  看護師:勤務が終わった後の方が、現実的かも知れません。

 質問の言葉を機械的につなげて行くだけでは、相手の目標達成を確実にサポートすることはできません。「わざわざ休みの日に職場へ来るかなー?」という直感的な疑問から、より負担の少ない現実的な選択肢を、引き出すことになりました。

  諏 訪:勤務が終わった後でも、資料室は空いていますか?
  看護師:空いています。
  諏 訪:では、いつだったら行けますか?
  看護師:あさっての勤務の後に行きたいと思います。
  諏 訪:分かりました。じゃあ、そうしましょう。
       また、来週、お会いしたとき、どのような論文があったか、
       タイトルだけでも教えていただけますか?
  看護師:ええ、そうします。

 具体的な達成行動の計画をサポートする段階では、応え方が決まっている「閉ざされた質問」が多くなります。本人が「本当にやりたい」と思い、主体的に決めた目標であれば、閉ざされた質問の連続に相手が不快感を覚えることはないでしょう。ただし、上司から言われて仕方がなく、とりあえず決めた目標であるならば、「そこまで問い詰めないで欲しい」と思うのも当然です。仕方がなく決めた目標であるならば、職業人として自分が成長するために何をしたいのかを、もう一度、考え直した方がよいのです。

 次回に経過を確認して、もしも「資料室に行かなかった」ということが分かったとしても、「約束したじゃないですか!なぜ、行かなかったのですか!?」と責めたりはしません。「行けなかったのは、どうしてだと思いますか?」と尋ねてたうえで、さらに確実な方法を考えていくことになります。

 ここに紹介した言葉のやり取りだけで、目標管理のためのコーチングが終わるわけではありません。さらに様々なサポートが必要ですが、詳しくはやる気の理論とコーチングを参考にして下さい。 また、自立したスタッフが管理職のサポートを受けず、主体的に目標管理を行うためには、セルフコーチングが役立ちます。

ノルマ 目標管理

 X理論
    仕事は苦役
    人々は無能

 上司が部下に
   指示・命令
 ピラミッド組織

 
 ・Y理論

    仕事は楽しい
    人々は有能

 管理職がスタッフに
   コーチングで支援
 逆さまのピラミッド

※指示・命令からコーチングによる支援へと、コミュニケーション様式を変えるということは、上意下達のピラミッド組織から逆さまのピラミッドへと、組織を変えるということです。目標管理とコーチングと組織改革は、どれかを単独で職場に導入しようとしても上手く行かず、三位一体の取り組みによって初めて、効果が現れるのです。組織改革なきコーチングなんてもご参照下さい。

文献:諏訪茂樹『対人援助のためのコーチング -利用者の自己決定とやる気をサポート-』中央法規出版

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グループコーチングの進め方

circle_chairs これまでは、一対一のペアを単位とするケースコーチングを中心に書いてきましたし、一人で行うセルフコーチングについても触れました。そこで、今回は、一人のコーチが複数を相手にするグループコーチングについて、書いておきたいと思います。

 グループコーチングの流れも、ケースコーチングやセルフコーチングと基本的に同じだと言えます。ただし、話し合いのファシリテーターとしての能力が、グループコーチングのコーチには求められるのです。グループコーチングでコーチが留意するべき点を、問題を解決するコーチングを流れに則して、整理してみましょう。

 ①問題を絞り込む

 取り組むべき問題が予め決まっている場合は別ですが、そうでない場合には、まずは各メンバーに取り組みたい問題を挙げてもらいます。グループのメンバー全員が共有する問題でも構いませんし、特定のメンバーだけが抱える問題でも構いません。たくさんの問題が出てきた場合には、どれか一つに絞り込む必要があります。いかなるコーチングも、二つ以上の問題を同時に扱うことは難しく、そのために、もっとも優先度の高い問題はどれかを、考えてもらう必要があるのです。

 ②背景を絞り込む

 問題の現状がどうなっているのかを確認したうえで、問題の背景を考えてもらいます。グルークコーチングが本格的に威力を発揮するのは、この背景を考える段階からです。なぜならば、一人の力には限界があり、グループで考えを出し合うときのパワーには敵わないからです。ブレーンストーミングのルール、つまり、互いの考えを批判せず、質よりも量を重視して、思いつきで出し合うというルールで行えば、グループメンバーから溢れるように多くの考えが出てきます。もちろん、たくさんの考えが出た後は、絞込みが必要となります。どの背景が核心的なのか、特に大きな要因となっているのはどれなのかを、話し合う必要があるのです。話し合うときの留意点については、次の段階で触れます。

 ③解決策を絞り込む

 問題の背景を絞り込むことができたら、解決策も思いつく限り出してもらいます。最初からベストな解決策を考えると、なかなか出てきません。やはりブレーンストーミングのルールで、とりあえずは思いつくままに出してもらうのがよいのです。そのうえで、実際に行う解決策を絞り込むために、どの解決策が最も現実的で効果的かを話し合うことになります。話し合いで大切なのは、最初から安易に多数決を取ろうとせず、多数意見も少数意見も同じ一つの考えとして扱い、メリットとデメリットの両面から一つずつ検討していくことです。多数決は民主的かもしれませんが、合理的とは限りません。少数意見の方が正しいこともあれば、全員で間違えることもあるのです。また、メンバーの一人一人が納得しないまま、多数決で押し切ってしまうと、少数派の人のティベーションは高まりません。

 ④行動計画を共有する

 解決策は一つとは限りません。複数の解決策を同時に行わなければ、実際には解決しない問題も多いのです。実行する解決策を絞り込むことができたら、メンバーの全員で行うことと役割分担して行うことを明確にします。同じことを全員で行った方が効果的な解決策と、役割分担した方が効果的な解決策に分けるのです。全員で行う解決策については、いつ、どこで、何をやるのかを明確にします。役割分担して行う解決策については、いつ、どこで、何を、誰がやるのかを明確にします。行動計画が完成してメンバー全員で共有した後は、メーリングリストなどを利用して互いに実行したことを確認しあうと、さらに効果的です。

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たった一言でもコーチング

 コーチングの具体的な流れとして、GROWモデルによるコーチング、選択や決心の問題へのコーチング、解決策が分からない問題へのコーチングなどを、これまでに紹介してきました(開かれた質問がコーチングの要)。そうすると、質問のセリフをたくさん覚えておかなければならず、しかも、それらを効果的に繋げていかなければならず、そのためにコーチングはけっこう難しいと、思った人もいることでしょう。 しかし、「どうすればいいと思う?」とか「あなたはどうしたいの?」と、たった一こと質問するだけでコーチングは始まるのであり、それで答を引き出すことができれば立派なコーチングなのです。

 実際には二つの質問をしているケースですが、ここで短時間で終わる簡単なコーチングの会話例を紹介しましょう。登場人物は、レストランの店長と店員です。これまで店長は店員に対して、もっぱらティーチング(指示や助言)で接してきましたが、通勤電車の中でコーチングの本を読み、ぜひとも試してみたいと思っていたところです。

店 員:店長、5番テーブルのお客様が、
   パスタにハエが入っていたと、ご立腹なのですが。
店 長:なんだよー。そんなことでいちいち指示を求めてないで、
   君の責任で直ぐに対応してくれなきゃ。
   で、どうしたらいいと思う?
店 員:直ぐに新しいものをお出しするしかないと思いますが。
店 長:それだけで納まるかな?
店 員:そうですね。またお待ちいただくことになりますから、
   お詫びの印にご希望のドリンクを一杯お出しし、
   クラッカーでも数枚添えれば...
店 長:よし、わかった。私はシェフに事情を話して、
   最優先に作ってもらえるよう、頼んでおくから、
   その他のことは君に任せたよ。
店 員:はい、わかりました。

  店長は「なんだよー。そんなことでいちいち指示を求めてないで、君の責任で直ぐに対応してくれなきゃ」と言った後、いつもでしたら「~しなさい」と答を与えていました。こうして、直ぐに指示してしまうことで、相手は自ら考えようとせずに指示待ちとなり、そのために相手の指示待ちを嘆きながら、つねに指示し続けなければならないという、悪循環に陥っていることは少なくありません。

pasta  ところが、今回の店長は、指示したい気持ちをグッと抑えて、「どうしたらいいと思う?」と質問してみたのです。このように、いつも答を与えている場面で、思い切って「どうしたらいいと思う?」とか「あなたはどうしたいの?」と質問すれば、それだけでコーチングが始まるのです。質問に対する妥当な答を、自立度の高い成熟したスタッフほど、直ぐに返してきます。妥当な答が出てきたら、あとは「よし、分かった。そうしよう」と言うだけでよいのです。

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日常会話の中でピアコーチング

note  ピアコーチングとは仲間同士で行うコーチングのことです。管理職-スタッフ間ではなく、スタッフ同士で行われたり、親-子間ではなく、親同士で行われたりします。このように、ピアコーチングは同じ立場の者同士が行うために、既存の上下関係の影響を受けず、その分、一方的に指示・命令をしてしまう可能性が少なく、本来のコーチングが容易となるのです。

 ピアコーチングの一例を、ここで紹介しましょう。登場人物はマサ子とヒロミで、2人は学生時代からの友人です。休日に久しぶりに会って、カフェで会話に花を咲かせていました。

マサ子:いつもメールありがとう。
    かなり使いこなしているみたいね。

ヒロミ:ところが、最近、パソコンが遅くて。
マサ子:えっ、どういうこと?
ヒロミ:反応が遅いのよ。何をするにしても。
マサ子:どうしてそうなるの?
ヒロミ:型が古過ぎかも。もう、4年になるから。
マサ子:型が古くて、反応が遅いのね。
ヒロミ:そうそう。
マサ子:どうしたらいいの?
ヒロミ:買い替えしかないかも。
マサ子:そうするしかないかもね。

 この会話例でヒロミは、まずは問題を明確にして、その背景を考えて、そして解決策を探っています。マサ子は「買い換えるしかないわよ」と答を与えるのではなく、ヒロミの思考過程を助けながら、その思考過程に付き添っているのです。ちょうど、開かれた質問がコーチングの要で紹介した、解決策が分からない問題へのコーチングに相当します。2人の会話は、さらに続きます。

ヒロミ:ノートかなー、それともデスクトップかなー。
マサ子:ノートにした場合は?
ヒロミ:いまもノートだけど、買い替えとなると値段が高くて。
マサ子:デスクトップにした場合は?
ヒロミ:安いけど、場所を取るから部屋が狭くなって。
マサ子:部屋が狭くなっても出費を抑えるか、
    それとも出費を覚悟で部屋を広く使うか、
    ということね。結局、どうするの?
ヒロミ:今よりも部屋が狭くなると、困るなー。
    結局、ノートにするしかないかな。
マサ子:それが一番いいかもね。

 この会話例でヒロミは、二つの選択肢について、一方を選んだ場合のことをシュミレーションした後、他方を選んだ場合のこともシュミレーションしています。マサ子はどちらか一方を薦めるのではなく、ヒロミの思考過程を助けながら、どちらにするかの自己決定を引き出しているのです。ちょうど、開かれた質問がコーチングの要で紹介した、選択や決心の問題へのコーチングに相当します。

 仲間とコーチングを行うチャンスは、日常会話の中でたくさんあります。また、カフェやレストランでも、散歩しながらでも、電話を介してでもコーチングは可能なのであり、なにも個室にこもる必要はないのです。

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コーチングを分類する

 コーチングが暮しの中に浸透するにつれて、コーチングという言葉の前に名詞をつけた、○○コーチングという名称が増えていきます。もうすでに、把握するのが大変なほど、多くの表現が見られます。そのために、様々なコーチングを分類・整理する方法について、そろそろ考える必要があるでしょう。

 ①テーマによる分類

 コーチングの名称を分類するうえで、最初に思いつくのが、扱うテーマによる分類です。まずは領域ごとの上位分類(大分類)として、スポーツコーチング、ビジネスコーチング、パーソナルコーチング、子育てコーチング、ヘルス&メディカルコーチング等々、たくさんの大項目があります。そして、その下位分類(中分類)として、スポーツコーチングであればテニスコーチング、ゴルフコーチング、バスケットボールコーチングなどが位置づけられ、さらに、その下位分類(小分類)として、テニスコーチングであればサーブコーチング、スマッシュコーチング、ボレーコーチングなどがあるのです。

 ・スポーツコーチング…テニスコーチング、ゴルフコーチング、etc
 ・ビジネスコーチング…目標管理コーチング、セールスコーチング、etc
 ・パーソナルコーチング…就職コーチング、結婚コーチング、etc
 ・ヘルス&メディカルコーチング…禁煙コーチング、糖尿病コーチング、etc
 ・ビューティーコーチング…コスメコーチング、ヘアスタイルコーチング、etc
 ・学習コーチング…数学コーチング、国語コーチング、etc
  etc

 ②単位による分類

 さらに、どのような単位で行うかによって、コーチングを分類することもできます。一人のコーチが一人のクライエント(ケース)を相手にするのが一般的なコーチング(以下、ケースコーチングと表現)であるとすれば、自問自答しながらコーチ役とクライエント役の二役を一人で担うのがセルフコーチングです。そして、一人のコーチンが複数のクライエントを同時に相手にすれば、グループコーチングとなるわけです。また、ケースコーチングとグループコーチングは、誰が誰に対して行うかで、さらに下位分類することも可能です。例えば、管理職-スタッフ、スポーツコーチ-スポーツ選手、親-子などです。この下位分類は一見すると、テーマによる分類と同じに見えます。確かに、誰が誰に対して行うかによって、そこで取り上げるテーマは自ずと範囲が決まってくるでしょう。しかし、これはあくまでも、どのような関係を単位にするかによる分類なのです。

 ・セルフコーチング…自分-自分
 ・ケースコーチング…管理職-スタッフ、親-子、etc
 ・グループコーチング…リーダー-チーム、教師-クラス、etc
  etc

 そうすると、例えば、子育てコーチングをテーマで見ると、子供の生活の下位分類として、学習コーチング、友人関係コーチング、進学コーチングなどがあり得ます。さらに子育てコーチングを単位で見ると、一人の親が一人の子供を相手にするケースコーチングであったり、一人の親が複数の子供を相手にするグループコーチングであったりするわけです。

golf  テーマによる分類は、コーチングの対象が広がるにつれて、今後、ますます増えて行くでしょう。また、単位による分類も、ケースコーチングとグループコーチングの下位分類は今後さらに増えていくと思われます。しかし、単位による上位分類は、増えたとしてもコミュニティーコーチングぐらいであり、それ以上に増える可能性は少ないでしょう。

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コーチングにいかす傾聴技法

 すでに開かれた質問がコーチングの要で書いたように、コーチングで最も重要な役割を果たすコミュニケーション技法は、相手に考えてもらい、自由に応えてもらう「開かれた質問」です。そして、質問に対する答えが返ってくると、コーチはメッセージの送り手(語り手)から受け手(聞き手)に役割交替するわけですが、そこで欠かせないのがカウンセリングでも頻繁に使われる傾聴技法なのです。傾聴技法をはじめとする様々なコミュニケーション技法について、特にコーチングで使えるものを中心に、今回はまとめてみたいと思います。

 ①開かれた質問と閉ざされた質問

 考えながら自由に応えてもらうために、「困っていることは何ですか」「目標は何ですか」「どうしたらいいと思いますか」「あなたはどうしたいのですか」などと、開かれた質問をするのがコーチングの基本です。しかし、閉ざされた質問をまったく使わないかと言うと、決してそうではありません。応え方が決まっていて、たいして考えなくても直ぐに応えられる閉ざされた質問は、相手やコーチ自身が緊張して防衛的になっているときに、アイスブレーキング(解氷)として役立ちます。「お昼は食べましたか」「寒くないですか」「お住まいはどちらですか」などと尋ねて、本題に入る前に軽い雑談を交わせば、互いの緊張をほぐすことができるのです。また、具体的な行動計画を立てる際にも、閉ざされた質問が必要になります。「いつから始めますか」「どこで行いますか」「誰に伝えますか」などと質問して、直ぐにでも取り組めるレベルにまで、解決行動を具体化して行くのです。

 ②沈黙と明確化

 質問しても、答えが直ぐに返って来るとは限りません。特に開かれた質問は、相手に考えてもらうために行いますので、相手が「えっと...、その...」などと、言葉に詰まることは当然あるのです。相手に十分考えてもらうことが、コーチングでは何よりも大切です。そのために、相手が言葉に詰まって考えている時には、コーチは性急な態度で答えを急かしたりせず、黙って待つことが必要です。ただし、いつまで待っても答えが返ってこない時には、それでも沈黙し続ける必要はありません。長時間の沈黙は相手にとっても苦痛となりますので、相手がうまく表現できないことを「~ということですか」と、コーチが代わって明確化すればよいのです。コーチの明確化に対して、「そう、そう、そうんなんです」と相手が納得すれば、話が前に進むことになります。

 ③うなずきと相槌

 質問に対して相手が応えているときに、その言葉をコーチが無反応で聞けば、さすがに相手も話しづらくなるでしょう。うなずいたり相槌を打ったりと、反応を示しながら聞くことで、聞こうとするコーチの熱意が効果的に伝わります。そして、コーチの熱意がうまく伝われば、もっと話そうという気持ちに相手もなるのです。話を聞きながら「なるほど」「そうですかー」と短い言語的反応を示せば、相槌を打ったことになります。また、「なるほど」という意味の非言語的表現が、首を縦に振るうなずきなのです。言語的反応は多くなるほど、相手の話の腰を折る危険性が高まります。それに対して、うなずきは非言語的反応であり、話の腰を折る危険性がありません。そこで、うなずきを基本としながら、その合間に相槌を打つのがよく、そうすることで最も効果的に相手の話を促すのです。

 ④繰り返しと要約

 相手の言葉の一部を「~ですね」と、繰り返しながら聞いても、聞こうとするコーチの熱意が伝わります。それだけではなく、メッセージの確かな共有にも、繰り返しは役立つのです。ただし、繰り返しは相槌よりも長い言語的反応となるために、多用して相手の話の腰を折らないよう、気をつける必要があります。うなずきの合間に相槌を打ち、相槌の合間に話の節目だけを繰り返すのが、最も効果的でしょう。また、相手の話を一通り聞いたならば、直ぐに次の質問に移らない方がよいでしょう。相手の話の要点を「ようするに~で・・・なのですね」と要約して返せば、より確かなメッセージの共有につながりますし、相手は問題を整理することができ、次の話に進みやすくなるのです。例えば「ようするに、日付が変わるまでに就寝しようと決めたのに、ついついTVのスポーツニュースを見てしまい、遅くなってしまうのですね」と要約したうえで、「それでは、いったい、どうすれば遅くならないと思いますか」と尋ねるのです。

 ⑤共感と励まし

 コーチングはカウンセリングほどに、共感を重視しません。しかし、コーチングでも共感が大切であることは既に書いた通りであり、チャンスを見つけては共感する方がよいのです。「それはお困りですね」「それは残念ですね」「それはよかったですね」などと共感すれば、コーチの暖かい態度を伝えることができ、相手との信頼関係を深めることに役立ちます。また、コーチングでは共感するだけではなく、励ますこともしばしばです。現実的な目標と達成方法を自己決定し、やる気を出している人に「がんばって下さいね」と励ますのは、決して悪いことではなく、むしろ効果的なのです。

コミュニケーションにもテクニック

文献:諏訪茂樹『対人援助のためのコーチング -利用者の自己決定とやる気をサポート-』中央法規出版

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やる気の理論とコーチング

motivation  やる気に関する研究は、おもに欲求心理学の領域で行われてきました。研究成果をまとめた動機づけの理論を、コーチングは見事に吸収し、やる気を引き出すコミュニケーションスキルに発展させています。ここで、やる気を高めるための方法を、目標達成をサポートするコーチングのプロセスに則しながら、まとめておきたいと思います。

 ①目標はやさし過ぎず、難し過ぎず

 コーチングでは最初に目標を明確にすることが多いのですが、目標設定の仕方はやる気を大きく左右します。例えば、「1ヶ月に1kg」という減量目標は、確かに健康上は問題ありませんが、「最後の1週間だけ、がんばればいい」と油断してしまい、結局、努力することをさぼってしまう危険性があります。それとは逆に、「1ヶ月に10kg」という減量目標は、相当に努力しても達成できない可能性が高く、最初から諦めてしまう危険性があるのです。さぼっていては達成できないが、努力すれば確実に達成できるという目標設定が、人のやる気を最も効果的に引き出すと言えるのです。

 ②遠い目標よりは近い目標

 「3年後のあなたの夢は」とか「5年後になっていたい自分は」と、パーソナルコーチングでは何年も先のゴールを最初に尋ねることがあります。もちろん、それも悪くないと思いますが、しかし何年も先の目標だけでは、「なにも今すぐに始める必要はない」と考えてしまうのではないでしょうか。何年も先の目標があるとすれば、それを最終目標として、それに至るまでの中間目標を幾つも設定する方が、やる気につながります。例えば、「3年後に資格試験に合格する」という最終目標があるとすれば、1年後には模擬試験で50%の合格ラインに達し、2年後には70%の合格ラインに達し、そして直前には90%以上の合格ラインに達するという具合です。

 ③目標達成の意義や価値を理解する

 何のためにそうするのかが分からないままでは、やる気も起きません。どうしてそうするのかという理由がはっきりしていれば、やってみようという気持ちになれるのです。そのために、コーチングでは目標を聞いた後、「目標を達成することは、あなたにとって、どのような意味や価値がありますか」としばしば尋ねます。すでに褒めるのもコーチング?で書いたように、行動そのものへの興味・関心から生じる行動の方が、行動そのものではなく、それとは別のものへの興味・関心から生じる行動よりも、強さと持続性において優れています。とはいえ、何の興味・関心もなく無目的に行うよりは、別のものへの興味・関心でも、あった方がよいのです。

 ④外的障害だけではなく、内的障害も理解する

 目標を明らかにした後に、今のところの達成度を確認し、さらに達成の障害になっていることを尋ねます。その際、目標を達成できない理由を、予算や時間の不足、周りの無理解、運、お日柄、方角など、自分以外のものに求める人と、自分の準備不足や思い込みなど、自分自身に求める人がいます。自分以外に求める人よりも自分自身に求める人の方が、動機が強く働くことは言うまでもありません。何故ならば、自分以外にある障害は自分だけで解決することが難しいのに対して、自分自身にある障害は自分の努力で取り除くことが可能だからです。外的障害ばかりに目を向けず、内的な障害にも向かい合えば、自分自身でできることの発見につながります。そのために、「あなた自身が作っている障害は何ですか?」と、コーチは問いかけることになるのです。

 ⑤確実に実行できる方法を選ぶ

 「私は何をやってもだめだ」と思っているよりも、「私もやればできる」という自己効力感を抱いている方が、「やってみよう」という気持ちになります。失敗を重ねるにつれて、自己効力感は低下します。しかし、「なんとかできそうだ」という見通しを得ることができれば、自己効力感を回復させることも可能です。目標の達成方法を考える際には、最初は思いつきで沢山あげてみるのもよいのですが、実際に行う方法を選ぶ段階では、できるだけ現実的に考えなくてはなりません。例えば、減量の方法を考えるにしても、毎日の食事が楽しみな人には食事制限よりも運動の方が現実的であり、時間に追われて忙しい人には毎日の運動よりも食事制限の方が現実的なのです。「どうすればよいと思いますか?」と質問して、一つの答えが返ってきても、さらに「その方法を確実に実行する自信はありますか?」「どのような方法なら自信がありますか?」と尋ねることで、現実的か否かを検討してもらうことが大切です。

 ⑥競争と共同を利用する

 テニスプレーヤーの後にレッスンプロとなったガルウェイも、自動車レースのプロドライバーだったウィットモアも、つねにライバルと競争しながら、目標の達成に努力してきた人達で、そのような人達がコーチングを生み育ててきたのです。よきライバルを得ることは、やる気を高め、自分の能力を最大限に引き出すことにつながります。もちろん、競争するだけではなく、誰かに協力してもらうことでも、やる気も高めることはできるでしょう。「目標を達成するために、あなたに協力してくれる人は誰ですか?」と尋ねて、協力してもらう内容を具体的に検討していくのも効果的なのです。

 ⑦自分にご褒美を用意する

 すでに投稿した褒めるのもコーチング?で、アメ(賞)やムチ(罰)で動機づけられた行動よりも、自己実現欲求で動機づけられた行動の方が、はるかに優れていると書きました。もちろん、前言を撤回するつもりはありませんが、褒められたり叱られたりしないと、やる気のでない人がいるのも事実です。ただ単に叱るだけでは、コーチングと無縁なかかわりになります。しかし、目標達成したときのご褒美を自分で用意し、達成するまではお預けにするという方法で、やる気を高めることもできます。例えば、資格試験に合格したら長期休暇を取ろうとか、好きな洋服を買おうという具合にです。

 ⑧目標や行動計画をつねに意識する

 「1年の計は元旦にあり」と言って、お正月に目標や計画を立てても、結局、計画倒れに終わってしまったという経験が、多くの人にあるのではないでしょうか。せっかく立てた目標や計画も、実現されずに終わってしまう大きな理由の一つが、それを忘れてしまうことです。目標とそれを達成するための行動計画は、一目で分かるように整理して、デスクの前の壁や手帳の表紙など、いつでも目に付くところに張っておくとよいでしょう。また、計画した行動を実行しているか否かを、コーチや身近な人から定期的にチェックしてもらい、いつも意識できるようにしておけば、忘れてしまうのを防ぐことができます。

 文献:諏訪茂樹『対人援助のためのコーチング -利用者の自己決定とやる気をサポート-』中央法規出版

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ペアでコーチングのロールプレイング

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6月2日 日本看護協会 神戸研修センター (※肖像権保護の為、露出アンダー)

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数字でコーチとコミットメント(約束)する

calculator スポーツ界とビジネス界で共通して大切なことと言えば、何でしょうか。あまり考えたことのない問題かもしれませんが、この質問の答えはコーチングの特徴を理解するうえで、とても大切なポイントです。コーチングはスポーツ界で生まれて、ビジネス界で大きく発展しました。ビジネス界ではスポーツ界と同じことを重視する傾向にあり、そのためにコーチングが受け入れられ、浸透して行ったのです。

 プロのスポーツ選手は何のためにスポーツをやっているのか、何を目指して日々努力しているのかを考えると、答えは簡単に出てきます。美容や健康のためでもなければ、ストレスを発散するためでもありません。素人が余暇にスポーツを楽しむのとは、わけが違うのです。

 さきの質問の答えですが、それは「結果」です。結果を出さなければならず、とことん結果重視なのです。しかも、その結果は、数字で表されます。リーグ上何位、シェア何パーセント、勝率何割、売り上げいくら、等々。すべてが数字で表現されるために、目標を設定しやすくなり、結果として目標が達成されたか否かを評価しやすくなるのです。

 結果を大切にし、それを数字であらわそうとする傾向は、コーチングにも見られます。ただ「なんとなく心が癒された」とか「自信を取り戻すことができた」とか「方向性が見えてきた」といった、漠然としたレベルでは終わりません。「どこまで達成するのか」や「いつまでに達成するのか」、そして「どこまで達成できたのか」を、コーチングでは数字で具体的に表現しようとするのです。また、数字として表しにくいことでも、「いまの目標達成度を1~9で表現すると、どのあたりですか」とか「目標を達成する自信は1~10で表現すると、幾つぐらいですか」などと、たびたびコーチは質問することになります。

 数字を具体的に掲げる傾向は、政治の世界でも見られるようになりました。これまでの政治家は選挙になると公約を掲げていましたが、当選後に公約が果たされたか否かを明確に判断することは困難でした。ところが、21世紀に入ると、日本でも具体的な数値目標を発表して有権者に約束するという、マニフェスト選挙が注目されるようになったのです。

 また、ビジネス・マネジメントの分野では、Coaching for Commitment (Dennis C. Kinlaw 1989)というタイトルの有名な本があります。コミットメントとは「約束」という意味であり、日本では日産自動車を再建したカルロス・ゴーンが口癖のように使い、知られるようになりました。つまり、「お客様第一主義」という理念(コンセプト)を口にするのみの社員に対して、どのように具体化するのかを、数値目標をあげて約束してもらったのです。もちろん、その過程でコーチングが使われたことは、言うまでもありません。

 数字で表すのは、モティベーションを高めるためです。ただ単に「近いうちにスリムになる」よりも、「1ヶ月以内の2キロやせる」と決めた方が、やる気が沸くのです。このように、数値目標と達成期限を明確にし、達成方法も決まったところで、「では具体的に、まず何から始めるのか」とか「それをいつから始めるのか」と考えて、実践的な行動計画を立てます。ただ単に「カロリー摂取を控える」ではなくて、「何をどのように調理して、どれだけ食べるのか」とか「いつから毎週何曜日に食べるのか」まで計画して行くのです。そのうえで、数値目標と行動計画の実行をコーチと約束したり、あるいは身近な人に公表したりすれば、さらにやる気が高まります。

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自己実現を目指すパーソナルコーチング

 コーチングの発端となったインナーゲームを考えたのは、テニスプレーヤーからレッスンプロになったティモシー ガルウェイです。そして、コーチングを今日のような形にまとめて普及させた代表的人物の一人が、自動車レースのプロドライバーであったジョン ウィットモアなのです。つまり、つねによきライバルと競い合いながら、目標を達成しようとがんばってきた人達が、コーチングを生み育ててきたのです。ところが、最近、がんばるコーチングとがんばらないカウンセリングという記事を投稿した後に、がんばらないことを基調とするコーチングのサイトを見つけました。パーソナルコーチングを受けた経験のあるプロのコーチが運営しているようですが、なんでもありのブームとその勢いのよさに驚いています。

 プロといってもコーチングには幾つかの団体の認定資格があるだけで、講習を受ければ誰にでも取れてしまう資格もあるようです。そして、資格を取った多くの人がプロであることを宣言していますが、実際にコーチングだけで生計を立てられるのは、才能に恵まれたほんの一握りの人達で、大半の人はプロ宣言をしたものの、なかなかクライエントが訪れないのが現状のようです。

 また、これまでに医療や福祉の仕事に無縁だった人(対人援助の専門家として無縁だった人)も資格を取り、プロとして有料のコーチングを行っている現状があります。もちろん、そのような人がコーチングをしても、通常は何の問題もありません。ただし、身体的もしくは心理的な原因で日常生活に不適応をきたしている人にはコーチングをしない、そのような人は医師や臨床心理の専門家に任せるという基本ルールだけは最低限守らないと、後で取り返しのつかないことになります。そして、結局、すでに一部で流れていますが、コーチングに関する悪い噂がさらに広がるのではと、私は心配しています。

 さて、前回はビジネスコーチングの背景を書きましたので、今回はパーソナルコーチングの背景について、まとめてみたいと思います。ビジネスコーチングは職場で行われる仕事上のコーチングであり、管理職がスタッフを対象にしたり、あるいはスタッフが顧客を対象にしたりします。それに対してパーソナルコーチングは、おもにプロのコーチが個人を対象にして、生活上の問題を扱うコーチングです。認定資格を取った後にプロ宣言をして、1回いくらとか1ヶ月いくらという料金設定でクライエントを募集している人は、このパーソナルコーチングを生業にしようとしているのです。

 Coach UniversityやThe Coaches Training Instituteが設立されて、アメリカでプロ・コーチの養成が始まったのは1992年でした。また、Co-Active Coaching: New Skills for Coaching People Toward Success in Work and Life(邦題「コーチング・バイブル ―人がよりよく生きるための新しいコミュニケーション手法」)はパーソナルコーチングの代表的な本ですが、ローラ ウィットワースらによって出版されたのは1998年でした。スポーツ界で生まれたコーチングは、一方でビジネスコーチングへと波及し、他方でパーソナルコーチングへと発展していきましたが、パーソナルコーチングはビジネスコーチングよりもやや遅れてスタートしたようです。

 パーソナルコーチングが生まれる前は、アメリカでも今日の日本と同じように、カウンセリングブームであり、心の癒しブームでした。「月に人を飛ばす国が水牛で畑を耕している国に負けた」と表現される1975年のベトナム敗戦は、アメリカにとって屈辱的な出来事となり、帰還兵が社会に適応できずに様々な事件を引き起こす殺伐とした雰囲気の中、心の健康を維持することが人生の成功につながると考えられたのです。特定の教育機関や医療機関に従事せず、個人でオフィスを構える開業カウンセラーが増え、特に上流階級の間では、カウンセラーと個人契約を結ぶのがステータスシンボルとなりました。

 しかし、アメリカの上流階級には、もっと成功したい、もっと成長したいと考えている人も多く、そういうアグレッシブな人々にとって、心の癒しを目指すカウンセリングが物足りなかったことは、容易に想像できます。パーソナルコーチングが登場すると、それまでのカウンセラーとの契約を打ち切り、新たにコーチと契約する人が次第に増えていきました。最初は企業の経営者などが中心で、エグゼクティブ・コーチングと呼ばれていましたが、やがて一般の人も夢の実現、自己実現を目指して、コーチのところを訪れるようになったのです。

 心理的な原因で日常生活に適応できくなった人にとって、心の癒しを目指すカウンセリングは、とても有り難いサービスです。しかし、カウンセリングによって心が癒された人は、その後まで癒しを求め続けようとはしません。夢を実現したい、自己実現したいと思うようになるのは、ごく当たり前の自然な変化なのです。また、はじめから適応している人までが、癒しを中心とした「がんばらない生活」を送るのは、とても不自然で不自由なことです。人間性心理学のマズローが述べているように、人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものなのです。
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 心の癒しは必要ですが、しかしブームが行き過ぎると本来の必要レベルにまで戻らざるを得なくなります。それはコーチングブームについても言えることで、自己実現以前の問題を抱えている人まで対象にすると、様々なトラブルと批判を招きつつ、収まるべきところに収束していくことになります。

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組織改革なきコーチングなんて

shirt  職場の風土とか文化は、特徴のあるコミュニケーション様式を生み出します。「その件は上司に相談したうえでお応えします」というスタッフの言葉や、「私は聞いていない」「そんなことをやれと誰が言った?!」という管理職の言葉は、「上司の指示・命令には逆らえない」という職場風土から出てくるものであり、上意下達のピラミッド組織の表れなのです。そして、これらのコミュニケーション様式が繰り返されることによって、ピラミッド組織は維持されるのです。

 このように組織は、コミュンケーションによって成り立ち、そして維持されます。したがって、コミュニケーションの方法を変えるということは、組織を変えることなのです。ところが、組織改革とは関係なく、コーチングを導入しようとする職場があります。上意下達のピラミッド組織はそのままで、管理職がスタッフにコーチングでかかわろうとするのです。その結果、指示・命令しかできない管理職がスタッフの主体性のなさを嘆くという、おかしな現象が表れます。また、コーチングと称して、机を叩きながらスタッフを脅す管理職まで出てきます。管理職による指示・命令や脅しによって、スタッフが本当のやる気を出すはずはありません。

 さて、今日のコーチング・ブームの背景について、ここでまとめておきたいと思います。スポーツ界で生まれたコーチングが初めて本格的なブームになったのは、やはりビジネス・マネジメントの領域においてでしょう。ビジネス界では、やる気をなくした無責任な指示待ちスタッフが問題になるにつれ、コーチングに大きな期待が寄せられました。ところが、指示待ちスタッフを生んだのは、指示・命令しか出さない管理職であり、上意下達のピラミッド組織だったのです。

 今日でも多くの職場で見られる上意下達のピラミッド組織は、1871年にドイツを統一したプロイセン軍に始まると言われています。プロイセン軍は上意下達のみごとなピラミッド組織で何万人という軍隊を一気に動かし、近隣諸国を圧倒したのでした。小規模な軍隊が勝手に動いていた近隣諸国も、やがてプロイセン軍をモデルとする近代的な軍隊を持つようになったのです。

 軍隊以外の職場に初めてピラミッド組織を導入したのは、アメリカの自動車メーカであるフォード社でした。1903年に創業されたフォード社は、本格的なベルトコンベアを初めて導入したことでも知られおり、上意下達のピラミッド組織とベルトコンベアによる単純労働で、大量規格生産を実現したのでした。このようにして、ピラミッド組織は20世紀初めに軍隊から製造業へと広がり、やがて役所や学校や病院など、製造業以外の職場でも取り入れられるようになったのです。

 ピラミッド組織のスタッフは、マニュアル通り、指示通りに行動しなければなりません。例えば製造業のスタッフが、ベルトコンベアの前で勝手な行動を取ると、不良品が続出してしまうからです。ところが、20世紀の終わりごろ、先進国の多くは生産拠点を海外へ移すことになり、国内に残った生産現場では産業ロボットが単純労働を担うようになりました。こうして、製造業からサービス業へと産業構造の中心が移行するにつれて、スタッフの指示待ちが問題となったのです。サービス業でマニュアル通り、指示通りに働くだけでは、安かろう、悪かろうのサービスしか提供できないからです。

 上意下達のピラミッド組織のままで指示待ちを批難されても、スタッフは身動きできません。そこで、サービス業では組織改革に取り組まざるを得なくなり、逆さまのピラミッドが登場することになります。つまり、管理職の下にスタッフがいて、スタッフの下に顧客がいるという従来の組織から、顧客の下にスタッフがいて、スタッフの下に管理職がいるという新しい組織へと、職場全体を変革するのです。管理職が握っていた多くの権限は、スタッフへ大幅に移譲されます。権限を与えられたスタッフは、自らベストなサービスを考えて、主体的に提供しなければなりません。そして、管理職はスタッフに対して、コーチングでサポートすることになるのです。

 このようにしてビジネス・コーチングは、逆さまのピラミッドを実現する組織改革と結びつき、サービス業を中心に広まったと言えます。今日では、セル生産方式による少量多品種生産に移行した製造業でも、活力ある職場を目指して逆さまのピラミッド組織にする動きがあり、そこではコーチングが管理職の必須能力になっています。指示待ちスタッフがいらないのなら、指示しか出せない管理職もいらないのです。

集団・組織も使いよう

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文献:諏訪茂樹『対人援助のためのコーチング -利用者の自己決定とやる気をサポート-』中央法規出版

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コーチングの壁を突破する

wall コーチングの基本的な流れを幾つか説明して、モデリング(具体的なケースの実演)を終えると、時間に余裕のある研修では、参加者同士で2人一組になってもらいます。そして、簡単な傾聴訓練をした後、互いにコーチングを試してもらいます。コーチ役とクライエント役を決めて、ロールプレイにチャレンジしてもらうのです。

 ロールプレイが一通り終わって、「何か質問はありますか?」と尋ねると、参加者から必ずと言ってよいほど出されるのが、「答えが引き出せないとき、どうしたらいいのですか?」という質問です。確かに実際のコーチングでも、そういう場面はめずらしくありません。「どうすればいいと思いますか?」と尋ねても、「さあ、さっぱり分かりません」と言われてしまい、コーチングが一つの壁に突き当たってしまうのです。しかし、心配する必要はありません。このような壁を乗り越える方法も、次のように沢山あるのです。

 ①とりあえずの思いつきで数多く出してもらう

 最初から唯一の最善な答えを考えようとすると、なかなか出てきません。そのために、「思いつきで構わないので、使いものにならないのも含めて、できるだけ多く出してみて下さい」と言うのです。どんな奇抜なアイディアでも構わないのです。人の助けを借りるのもアイディアの一つです。いわば、一人でブレーンストーミングをしてもらい、そのうえで最も現実的で効果的なものを選んでもらえばよいのです。

 ②問題の背景をもう一度よく考えてもらう

 問題の背景を十分に考えると、解決策も考えやすくなります。背景の考察が不十分だと、答えが思い当たらないということになりがちなのです。そこで、「もう一度、原因について考えてみましょう」とか「目標を達成できない理由で、まだ話していないことは何ですか」と言って、一つ前のステップに戻ります。原因がたくさん出てくれば、それだけ解決策も数多く考えることができるのです。

 ③思い切って中断する

 思考が煮詰まってしまい、まるで乾いた雑巾を絞るかのように、何一つアイディアが出てこないことも、確かにあります。そういう場合には、コーチングを継続してもクライエントにとって苦痛になるだけですし、ついついコーチも答えを与えたくなってしまうでしょう。そこで、「今日はここまでにしましょう。また三日後に伺いますから、それまで考えておいて下さい」と言って、思い切って中断してしまうのです。その場を離れると、ふとアイディアが浮かぶことは、私達がよく経験することです。その為には、日常生活を送りながらも、頭の片隅で考え続けていることが必要です。したがって、中断する際には、「次回までに考えておいて下さい」と伝えることが大切です。別に三日後である必要はなく、二日後でも四日後でも構いません。ただし、1ヵ月後では余りにも遠く、課題を忘れてしまう危険性があるでしょう。

 ④裏技を使ってみる

 よく知られているコーチングの裏技として、次のような対応法もあります。「それでは私の考えをお話してもいいですか?」と尋ねて、相手の了解を取ったうえで、「例えば、~ということも考えられますが、それについて、あなたはどう思いますか?」と尋ねるのです。これは一見すると、答えを与えるティーチングのようで、実はそうではありません。「どう思いますか?」という開かれた質問をして、あくまでも相手に考えてもらおうとするのです。もちろん、「それは私にとって現実的ではありません」という応えが返ってき来ても、一つの方法について考えてもらったわけですから、それはそれで構わないのです。そうしているうちに、コーチの考えがヒントになって、もっと現実的なアイディアが思い浮かぶことも度々です。ただし、この方法はあくまでも裏技であり、最初から最後まで裏技を使い続けると、コーチングのマインド(心もしくは精神)から遠のいて行くでしょう。

 ⑤ティーチングに切り替える

 コーチングのみで生計を立てているプロや、熱狂的なコーチング主義者には分かりにくいかもしれませんが、コーチングを止めてティーチングに切り替えるのも、一つの現実的な方法です。コーチングはティーチングを批判することで、その有効性や正当性を主張してきました。しかし、すでにコーチングとティーチングの使い分けで書いたように、コーチング発祥の地のスポーツ界では、「やはりティーチングも必要だ」と言われるようになっています。ティーチングかコーチングかと二者択一式で考えるのではなく、相手の自立度に応じて両者をたくみに使い分けていくことが大切なのです。特に、自立度が低い未成熟な初心者には、コーチングよりもティーチングの方がふさわしく、まずは基本的なことを教えて、理解してもらわなければならないのです。

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コーチの歴史

 依頼された単発原稿に「コーチングの発端はT.W.ガルウェイが1970年代に考案したテニス・プレーヤーの新しい養成法だと言われている」と書いたところ、名古屋の編集者から「他の説もある」と指摘され、初校の段階で勝手に書き換えられてしまいました。「だったら編集者が自分の名前で原稿を書けばいいのに」と思いながら、「私が書いた原稿の通りに戻して欲しい」とお願いせざるを得ませんでした。

 少なくとも私がコーチングという場合、ガルウェイのインナー・テニスを発端とし、ウィットモアらが今日のような形にまとめて普及させた、一連の流れとしてあるものを指します。コーチという言葉の由来などは予備知識に過ぎないために、通常、字数制限のある雑誌原稿では割愛せざるを得ないのですが、ここでコーチというの言葉の発端の発端まで書いておきたいと思います。

 コーチという言葉は、ハンガリー北部にあるコチュ(Kocs)という、町の名前に由来しています。その町ではサスペンション付の高級な馬車を造っていたことから、やがて公式行事で使われるような立派な馬車のことを、コーチと呼ぶようになったのです。ここで大切なのは、粗末な荷馬車をコーチとは言わないことです。応接セットのように座り心地のよい椅子が備え付けてある、屋根付の馬車がコーチなのです。

 やがて、19世紀の鉄道の時代に入ると、馬車だけではなく客車も、コーチと呼ばれるようになりました。さらに、20世紀にモータリゼーションが始まると、乗用車や長距離バスもコーチと呼ぶようになったのです。つまり、人を目的地まで大切に運ぶ物が、本来のコーチなのです。

 他方で、19世紀のイギリスでは、家庭教師のこともコーチと呼ぶようになりました。そして、さらに、演技や競技の指導者もコーチと呼ばれるようになり、こうして「運ぶ物」から「運ぶ者」へと意味が拡大して行ったのです。ところが、この辺りから、「大切に運ぶ」という意味が次第に薄らいで行ったようです。演技や競技の指導者の中には、指示・命令によって乱暴に指導する人もおり、そのような人も含めてコーチと呼ぶからです。

 ウィットモアらがコーチングという言葉を使ったのは、それまでの指導法の延長線上にコーチングを位置づけたからではなく、高級な馬車をイメージしてのことでしょう。なぜならば、指示・命令型の指導法を批判しながら、コーチングの有効性が主張されて来たからです。したがって、従来の演技や競技のコーチと、コーチングのコーチとは、まったく別ものとして考える必要があるのです。

 ちなみに、ブランド名のCOACHについても、ここで触れておきましょう。講演会や研修会で私が「コーチという言葉から何を連想しますか?」と尋ねると、参加者の大半は「スポーツ競技の指導者」と応えるのですが、ごく稀に「バック」と答える人がいるからです。

coach ニューヨークに本店のある革製品で有名なCOACH社は、1941年にマイルズ・カンとその妻であるリリアンによって創業されました。耐久性と機能性に優れた一連の皮製品につけられたブランド名は、アメリカ開拓時代の象徴である馬車にちなんだとのことで、名称の由来はコーチングと同じということになります。ただし、コーチングのコーチはクライアントを目的地まで大切に運ぶのに対して、COACHのバックは愛用者によって目的地まで大切に運ばれるのです。

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開かれた質問がコーチングの要

coaching_role_play ご存知の方も多いと思いますが、質問には二つのタイプがあります。一つは、「はい」や「いいえ」などと応え方が決まっており、考えなくても応えられる「閉ざされた質問」です。そして、もう一つは、応え方が決まっておらず、自分で考えながら自由に応えられる「開かれた質問」です。

 私は10年ほど前から、幾つかの開かれた質問を上手くつなげて行けば、相手の自己決定をサポートすることができると考えていました。そして、相手が抱える問題によって質問のつなげ方を何通りか考えて、それは「利用者・家族とのコミュニケーション」(中央法規出版、1998年)、「人と組織を育てるコミュニケーション・トレーニング」(日本経団連出版、2000年)、「対人援助とコミュニケーション ―主体的に学び、感性を磨く」(中央法規出版、2001年)などでも紹介してきました。

 そうこうしているうちに、ビジネス界でコーチング・ブームとなり、コーチングが私の考えていたことと同じであることに気づきました。コーチングでは、開かれた質問が要となるコミュニケーション・テクニックであり、開かれた質問をすることで答えを引き出していたのです。そこで、私もコーチングという言葉を使うようになり、名称を得ることで紹介しやすくなりました。

 ところで、ウィットモアも述べているように、何を質問するかは相手から返ってきた応えによって決まります。したがって、質問のつなげ方は本来、ケースバイケースということになります。ただし、それでも大まかな流れというか、基本的なパターンというものはあり、それをウィットモアは次のようなGROWモデルで説明しています。

 ①ゴール(Goal)を明確にする質問
   「あなたの課題(目標)
は何ですか」
 ②現状(Reality)を振り返る質問
   「どのように努力してきましたか」
   「どれぐらい解決(達成)しましたか」
   「何が障害になっていますか」
 ③ゴールするための選択肢(Option)を考える質問
   「どのような解決策(達成法)がありますか」
   「どうするのが一番いいと思いますか」
 ④意思決定(Will)のための質問
   「何から始めますか」
   「いつからそうしますか」

 このGROWモデルはとても優れており、多くのコーチが使っていると思います。ただし、何を質問するかは相手から返ってきた応えによって決まるのですから、つねにこの順番で質問しなければならないというわけではありません。場合によっては柔軟に質問の順番を変える方が、上手く行くこともあるのです。GROWモデルを知る前に、私が考えていたモデルは、次の通りです。

 ①

まずは「こんにちは」と挨拶した後、「仕事には慣れましたか?」とか「ご家族はお元気ですか?」などと、閉ざされた質問で短い雑談をして、互いの緊張を解きほぐします。
 ② そのうえで、「ところで」と話題を切り替えて、「最近、困っていることは何ですか?」という開かれた質問をするのです。

 もしも「Aにしようか、Bにしようか」という選択の問題や、「Aをしようか、Aをしないか」という決心の問題で困っているということでしたら、

 ③ 「Aにした場合にはどうなりますか?」と尋ねたうえで、「B(not A)にした場合にはどうなりますか?」と尋ねます。
 ④ こうして、どちらもよくシミュレーションしてもらった後に、「結局どうしますか?」と尋ねて、自己決定を引き出すのです。

 もしも選択や決心の問題ではなく、解決策が分からない問題で困っているということでしたら、

 ③ 「どうしてそうなったと思いますか?」と尋ねて、背景を考えてもらいます。
 ④ そのうえで、「どうすればよいと思いますか?」と尋ねて、解決策を考えてもらうのです。

 いずれの問題でも、最も現実的で効果的な答えを相手から引き出したところで、

 ⑤ 「わかりました、じゃあ、そうしましょう」と言って、本人の考えを支持します。もちろん、問題によっては、解決行動を具体的に計画するためのコーチングも、さらに必要になります。

 これらの基本的な流れと質問の順番を、最初は暗記しておくとよいと思います。そのうえで、相手から返ってきた応えによって、柔軟にアレンジして行けばよいのです。

リーダーのためのコーチング

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コーチングでも共感が大切

empathy 中途半端にコーチングを学習した管理職が陥りがちなのですが、コーチングと称して机を叩きながら、相手を脅す人もいるようです。このような逆効果にしかならない、まったく間違ったコーチングを防ぐためにも、コーチ役は共感的な態度を忘れず、共感のテクニックを積極的に使うことをお薦めします。

 クライエント中心カウンセリングを提唱したロジャーズの言葉を借りると、共感とはクライエントの内的世界を、まるで自分の内的世界のように感じ、しかも「まるで~のように」(as if)を決して忘れないことです。つまり、例えば、相手が悲しんでいるときに自分も悲しくなるというように、自分が相手と同じ気持ちになるのが共感ではなく、いわば相手の気持ちを理解し、相手の気持ちに付き添うのが共感なのです。

 いくら相手の気持ちを理解したつもりでも、それが相手に伝わらなければ、共感の効果を期待することはできません。そこで、共感していることを相手に上手く伝えるために、共感のテクニック(技法)が必要になるのです。テクニックとしての共感は、次の2ステップから成り立っています。一つ目のステップは、相手の話を聴きながら、相手が抱いている気持ちを正確に理解します。悲しみなのか、恐れなのか、無力感なのか。あるいは喜びなのか、幸福なのか、達成感なのかと、感情の種類を特定するのです。そして、二つ目のステップは、その特定した感情を、できるだけ自然な言葉で返します。例えば、相手が無力感を抱いているとすれば、「なにをやってもダメだという感じなのですねー」と、気持ちを込めて返すのです。

 ところで、カウンセリングの授業とか研修を受けた人や、カウンセラーに相談したことのある人はご存知でしょうが、カウンセリングではこの共感をとても重視します。特に心の癒しを目指す心理カウンセリングでは、傾聴と共感だけで終わるといっても過言ではなく、それがクライエントの不満につながることもしばしばです。

 それに対してコーチングは、心の癒しを目指しません。自己決定と自己解決をサポートしながら、クライエントの自己成長・自己実現を目指します。また、理性的・現実的な思考能力がコーチングでは不可欠なために、感情に支配されているクライエントはカウンセラーにお任せするのが基本です。したがって、コーチングはカウンセリングほどに共感を重視せず、共感しなくてもコーチングは可能だとも言えるでしょう。

 しかし、まったく共感せずにコーチングをしたら、きわめて機械的あるいは事務的なコーチングになってしまいます。また、コーチングもカウンセリングと同様に、クライエントとの間に信頼関係を築けなければ、本当の効果は得られません。そこで、コーチングの過程でもチャンスを見つけては、クライエントに共感する方がよいのです。ただし、カウンセリングのように時間をかけて、心が癒されるまで深く深く共感する必要はありません。「それはお困りですよねー」「それは楽しみですねー」「それは残念でしたねー」「それはよかったですねー」などと、気持ちを込めて軽く共感するだけでよいのです。

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褒める(誉める)のもコーチング?

 ビジネスコーチングの本やビデオの中には、コーチングで使われるセルフの例として、「君もやればできるじゃないか!」という、管理職の言葉を紹介しているものがあります。もしも、このようなセリフで管理職に褒められたとしても、私は素直に喜べないし、本当のやる気も沸かないと思うのです。このような言葉に違和感を感じ、「気色悪い」と思うのは私だけなのでしょうか。

 ビジネスコーチングの分野では、学者以外の様々な人が様々なことを、書いたり語ったりしています。それはそれで、活気があってよいのですが、そのうちに、これもあれもコーチングと言うことになり、何がコーチングなのだか分からなくなってしまいます。そこで、今回、「君もやればできるじゃないか!」というセリフに代表される褒め言葉について、コーチングとして本当に効果があるのかを考えてみます。

 褒めるのはアメに相当し、その反対の叱るはムチに相当すると思います。アメとムチによる教育方法は、ねずみや猫を使った動物実験(オペラント条件付けの実験)に基づく行動主義心理学によって体系化され、人の教育にも広く応用されてきました。

 褒めると叱るの使い分けを間違えると、教育は上手く行きません。問題行動を取り消すには叱るのが効果的であり、新しい行動を学習してもらうには褒めるのが効果的なのです。叱られながら勉強をさせられた子供は、勉強嫌いになります。叱られながら仕事を教わったスタッフも、仕事嫌いになります。新しいことを覚えてもらうには、叱るよりも褒める方が、確かに効果的なのです。

 しかし、ねずみや猫とは異なり、人は生理的欲求や安全欲求のみで動機付けされるわけではありません。それどころか、特に衣食住を満たされた人々にとって、ムチを恐れてアメを求める行動は、自尊心が傷つく屈辱的なことなのです。恵まれた豊かな環境で生まれ育った人達は、所属と愛の欲求や自尊欲求や自己実現欲求が満たされることを求めます。友愛とプライドを大切にして、自分の夢を実現したいと思う気持ちは、若い人達の行動にも表れています。もはや、アメとムチによる教育は通用しなくなり、それどころか逆効果の時代になったのだと言えます。コーチングを今あるような形にまとめて広げたジョン・ウィットモアも『はじめのコーチング』(ソフトバンククリエイティブ)で、「ニンジンとムチでロバ並みに扱われた人は、ロバ並みにしか動かない」と述べて、アメとムチによる教育を明確に批判しています。

 言葉で褒めるのは自尊欲求を満たすためであり、生理的欲求を満たすアメと同じではないと、考えることもできます。なるほど、褒められると自尊欲求が満たされるから、「またやろう」という気持ちが沸くのだと、説明することも可能です。しかし、人は褒められると、何でもするのでしょうか。褒められたいがために、嫌なことでもするのでしょうか。もちろん、する人もいるでしょうが、それで本当の自己実現につながるのでしょうか。

 この問題は欲求心理学において、内発的動機付けと外発的動機付けという言葉で説明されてきました。内発的動機付けとは、行動そのものへの興味・関心が動機となって行動が生じることであり、それに対して外発的動機付けとは、行動そのものではなく、それとは別のものへの興味・関心が動機となって行動が生じることです。例えば、病気治療そのものに関心があって医療に従事すれば、内発的な動機が働いたことになります。それに対して、お金や名声が欲しくて医療に従事すれば、外発的な動機付けが働いたことになるのです。外発的に動機付けられた行動よりも、内発的に動機付けられた行動の方が、強さと持続性において優れており、好結果を期待できることは言うまでもありません。褒められたいがための行動は、褒められ続けないと持続しませんし、褒められなくなるとやがて消えていくのです。

mansion_cat 先にも述べましたが、新しいことを学習してもらうには、叱るよりも褒める方が効果的です。しかし、「君もやればできるじゃないか!」と褒めるのは、これまでにも行われてきた単なる教育なのではないでしょうか。これまでの教育理論も含めてコーチングなのだということであれば、それでもよいと思います。しかし、自己実現欲求に基づき、内発的に動機付けられた行動の方が、褒められたいがための行動よりも優れていることを、覚えておいて損はないでしょう。

文献:諏訪茂樹『対人援助のためのコーチング -利用者の自己決定とやる気をサポート-』中央法規出版

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子育てコーチングの可能性

angel 理性的・現実的な思考能力が相手に備わっていることが、コーチングを行ううえでの前提となります。そのために、症状が前面に出ている統合失調症の人や認知症の人、うつ病の人などにコーチングは向かず、同様に、年少の子供へのコーチングも難しくなると、これまで私は考えてきました。ところが、近年、「子育てコーチング」の本が次々と出版されるに至り、「いったい、どうなっているんだ」という疑問や焦りを抱くようになりました。

 そこで、私の専門分野からは遠い授業科目なのですが、担当教員が次々と入れ替わるオムニバス形式の「小児看護学特論」という授業で、大学院生と2冊の本を読んでディスカッションしてみました。読んだ本は、「子供の心のコーチング ―ハートフルコミュニケーション 親にできる66のこと」(菅原裕子著、リヨン社)と、「実践 親子会話術 ―子育てコーチング」(谷口貴彦著、エイ出版社)です。

 ご存知の通り、アカデミズムとは異なる分野でコーチングは生まれ育ってきたために、研究書は皆無といっても過言ではありません。したがって、大学院の授業ではめずらしく、ハウツー物を読むことになったのですが、それはそれで、未開拓な研究分野を探索するという、積極的な試みとなりました。

 本の要約とディスカッションを経て至った結論は、「子供へのコーチングは問題によりけりだ」ということです。例えば、「難しい手術を受けるか否か」という問題で、子供だけに自己決定させるのは酷です。それに対して、「お小遣いを貯金するか、ゲームソフトの購入に当てるか」といった問題は、コーチングでの対応が十分に可能です。ところが、コーチングが可能な問題にも、とかく親はティーチング(指示や助言)で接しがちです。その結果、自己決定や自己解決ができず、自分のことに自分で責任を持てない人間へと、育ってしまう危険性があるのです。

 育児の様式は、文化として捉えることができます。例えば、日本の恥意識による子育てに対して、米国の罪意識による子育てとか、あるいは、日本の溺愛的な子育てに対して、ヨーロッパの厳格な子育てとか、これまでにも育児様式の違いが様々に指摘されてきました。虐待を受けて育った子供は、親になると自分の子供にも虐待しがちであるというように、自分の受けた育児様式がワーキングモデルとなり、世代間で引き継がれることで、文化は維持されます。

 近年、日本では子育てに迷い悩み、育児書を求める親も増えています。自分の受けた育児様式がワーキングモデルとして有効に機能しなくなる、そんな社会になりつつあるのでしょうか。しかし、それは、伝統文化の呪縛から解放されて、新しい文化を創造するチャンスでもあります。子育てコーチングは米国の上流階級(例えばニューヨークの郊外で広い庭つきの一戸建に暮らす人々)の育児様式に似ていると直感的に思いましたが、グローバリゼーションの時代を生き抜く人間を育てるには、子育てコーチングが有効なのかもしれません。

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セルフコーチングが最終ゴール

 コーチにとってもクライエントにとっても、コーチングの当面のゴールは目標の達成であったり、夢の実現であったりします。そして、この当面のゴールに到達したクライエントは、また何かあるとコーチのところを訪れて、新たなコーチングのプロセスを歩むことになるのかもしれません。しかし、コーチがいないと夜も日も明けないというように、クライエントを依存させてしまうのは如何なものでしょうか。

 対人援助の専門家にとって、共通している最終ゴールは、クライエントの自立です。例えば、医療職(医師や看護師など)にとって、医療援助の最終目標は、医療職がいなくても患者が健康を実現できるようにすることです。また、福祉職(ソーシャルワーカーやケアワーカーなど)にとっても、福祉援助の最終目標は、福祉職がいなくても利用者が健康で文化的な生活を実現できるようにすることなのです。利用者の自立を目指さず、依存させてしまう対人援助の専門家は、プロとして水準が低いと思われても仕方がないでしょう。

 コーチングの最終ゴールも、やはりクライエントの自立なのではないでしょうか。リピーターを大勢抱えていれば、確かに収入は安定するかもしれません。しかし、クライエントの自立を喜ばず、自分の生活の安定を優先させてしまうのは、そうとうにあくどいコーチであり、プロとして失格だと思うのです。

 それでは、コーチングのクライエントが自立するとは、いったい、どのようになることなのでしょうか。それは、コーチがいなくても、クライエントが自らコーチングをして、目標を達成したり、夢を実現したりできるようになることでしょう。つまり、セルフコーチングをできるようになれば、クライエントは自立したと言えるのです。

 コーチングを一度でも、ないしは何度か受けたクライエントは、目標の達成や夢の実現のために、どのように考えればよいのかという要領をつかめます。そして、コーチの「どうすればいいと思う?」という言葉を「どうすればいいのだろう?」という言葉に置換えて、クライエントは自問自答できるようになるのです。

 本当に実力のあるコーチは、クライエントの自立を我がことのように喜び、また新たなクライエントを迎えることになります。

セルフコーチングを始めよう v(^▽^)/

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ティーチングとコーチングの使い分け

suggestion ティーチングとは指示助言によって相手に答えを与えることであり、コーチングとは相手から答えを引き出し、自己決定や自己解決を支持することです。コーチングはティーチングを批判することによって、その有効性を説明するのが一般的です。「人から教えられたことは身にならない」、「指示・命令されたことに責任を感じる人はいない」、「自己決定した方がモティベーションが強く働く」などなど。

 いずれも、もっともではありますが、常にコーチングの方がティーチングよりも優れているかと言うと、必ずしもそうではないようです。コーチング発祥の地であるスポーツ界では、「はやりティーチングも必要だ」と言われるようになっているのです。特に右も左も分からない初心者に対しては、まずは基本的なことを教えなければなりません。また、危機に対処するときにも、「どうすればいいと思う?」などと、尋ねている場合ではありません。

 「これか、あれか」と二者択一式に考えるのが20世紀のパラダイム(考え方の基本的な枠組み)で、「これとあれの使い分け」を議論するのが21世紀のパラダイムだと言われています。「ティーチングかコーチングか」を議論するのではなく、「ティーチングとコーチングの使い分け」を議論する方が、実際に役立つでしょう。

 ①「やったことがない」「自信がない」「全く自己解決できない」「どうすればいいか教えて欲しい」という依存の相手には、「~しましょう」「~して下さい」という積極的なティーチング(指示)が、どうしても必要になります。

 ②「やったことはある」「でも、まだ自信がない」「少しは自己解決できる」「自分のやり方が適切か否か、アドバイスが欲しい」という半依存の相手には、もう少し本人の主体性を尊重して、「~してはどうですか?」「~という方法もありますよ」という消極的なティーチング(助言)が望ましいでしょう。

 ③「何度かやったことがある」「そこそこ自信がある」「おおよそ自己解決できる」「自分のやり方を認めて応援して欲しい」という半自立の相手には、さらに本人の主体性を尊重しつつ、「どうすればいいと思う?」「どうしたいの?」などと開かれた質問して答えを引き出し、「じゃあそうしましょう」といって支持するコーチングが効果的なのです。

 ④「いつもやっている」「自信がある」「完全に自己解決できる」「任せて欲しい」という自立した相手には、口出しせずに見守るだけでよいでしょう。

   本人に任せられない問題を放置してしまい、後で取り返しのつかない事態を招くことは、避けなければなりません。逆に、任せておけばよいことにまで口出ししてしまい、本人のやる気や主体性を潰してしまうことも避けるべきです。相手の自立度に応じてティーチング(指示や助言)とコーチング(自己決定と自己解決の支持)を上手く使い分けながら、徐々に任せてよい問題を増やしていくことで、自立支援が可能になるのです。

teaching_coaching

※ なお、コーチングの理論での定義とは別に、情報提供を「ティーチング」と表現することもあります。専門的な情報を提供したうえで、自己決定や自己解決をサポートするコーチングを、私は「インフォームドコーチング」と呼んでいます。情報提供としてのティーチング指示による積極的ティーチング助言による消極的ティーチング行動変容ステージと支援方法COMMUNICARE blog:コーチングスタッフを育てるリーダーシップなども、ご参照下さい。

文献:諏訪茂樹『対人援助のためのコーチング -利用者の自己決定とやる気をサポート-』中央法規出版

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