カテゴリー「3.サイレント・トーク 2010」の記事

豆腐のお好み焼き

Tofuyaki

 暑いときに熱いものが食べたくなる。外見は普通のお好み焼きだが、肉や魚貝類を入れる代わりに、木綿豆腐が入っている。豆腐は水分量が多いので、小麦粉を溶く水は通常の半分ぐらいにするのが秘訣。ソースの代わりに醤油を塗って焼けば、あっさり味の京風となる。小麦粉:1カップ、昆布だし:大さじ1、水:1/4カップ、卵:2個、キャベツ:1/4個、木綿豆腐:1丁を混ぜれば、2枚焼ける。中農ソースor醤油、マヨネーズ、鰹節、青のり、紅ショウガなどはお好みで適量。

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チャッカブーツ

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 昨年の秋冬から好んで履いているチャッカブーツ。履き下ろす前に撮っておいた。もとはポロ競技用のブーツとのことだが、なんだか形に色気があり、とても気に入っている。機能的にも、くるぶしまで隠れて暖かかったし、ブーツの割には履いたり脱いだりも楽。撥水どころか防水加工まで施されており、雨天や夏にもチャッカという本格派もいるらしいが、私は乾いて寒いこの時期の限定使用。

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ジョギングと体重・体脂肪率 -2010年を振り返って

Weightjog2010_2

 今年の最も大きな私的出来事は、早朝ジョギングを始めたこと。2月25日の寒い朝、目が覚めてしばらくすると、無性に走りたい欲求が込み上げてきた。身の回りにあったそれらしきものをまとい、外に飛び出したものの、すぐに息があがってしまい、たった1kmで終わってしまった。だが、これが人生で最後のチャンスかもしれないと思い、翌々日以降も走り続けた。毎日ではないが日増しに距離を延ばして行き、今では自宅や皇居の周り10kmを約1時間で走るのが、新たな生活習慣になっている。

 2月25日から12月31日(走り収め)までの総走行距離は1,647.4km、総走行時間は185時間56分。3月9日から6日間のブランクは、軽い肉離れのため。4月20日から10日間のブランクは、大人の水疱瘡のため。脂肪が燃えて筋肉がついたせいか、体重よりも体脂肪率の方が著しく減っている。2月25日の時点ではBMI:24.6、体脂肪率24.5%だったが、12月31日の時点ではBMI:23.1、体脂肪率17.5%となった。食べるのと飲むのが大好きな美味しい生活は何も変わっていないが、生活にメリハリがついたような気がする。

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皇居クリスマス・ラン2010 Part2 桜田門→竹橋

 自宅から竹橋までの5kmを27分で走り、竹橋から皇居1周5㎞を26分で走りました。クリスマス寒波が襲来し、朝7時の気温は3.2℃でした。右手で携帯を握り、走りながら撮ったために、かなり揺れています。

 メモ:携帯D905iで撮った3GPPファイルのままだとPCで音声が再生されないために、QTconverterを使ってAVIファイルに変換のうえ、Windows Live ムービーメーカーを使って編集し、WMVファイルとして保存&アップ。

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皇居クリスマス・ラン2010 Part1 竹橋→桜田門

 自宅から竹橋までの5kmを27分で走り、竹橋から皇居1周5㎞を26分で走りました。クリスマス寒波が襲来し、朝7時の気温は3.2℃でした。右手で携帯を握り、走りながら撮ったために、かなり揺れています。

 メモ:携帯D905iで撮った3GPPファイルのままだとPCで音声が再生されないために、QTconverterを使ってAVIファイルに変換のうえ、Windows Live ムービーメーカーを使って編集し、WMVファイルとして保存&アップ。

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ドラッカーの限界

Photo  ドラッカーの本を読んで「古いなー」と思うのは、私だけだろうか。もしドラ・ブームの中、ドラッカーの言葉がたびたび引用されるので、改めて読み返してみた。彼の大著「現代の経営」が出版されたのは何と1954年であり、「もしドラ」の主人公のみなみが読んだ「マネジメント 基本と原則」も1974年に刊行されたものである。つまり、大量規格生産による製造業中心の時代の真っ只中に書かれたのであり、日本ではまさに高度経済成長(1955~1972年)が始まり、さらに安定成長期(1973~1991年)へと移行した時期であった。

 その後、先進国では20世紀の終わりに、賃金の安い海外へと製造現場を移すことになり、製造業中心からサービス業中心へと産業構造が一気に変化していった。サービス業では顧客満足が事業の成否を左右するために、それが決まる「真実の瞬間」(Jan Carlzon 1985)に立ち会う現場のスタッフに権限移譲されなければならない。そのために、大量規格生産を実現してきた上意下達のピラミッド組織は役に立たなくなり、サービスの利用者である顧客を一番上に据えた「逆さまのピラミッド」(Karl Albrecht 1988)が登場したのである。顧客の真下に位置づけられたスタッフは自分で目標管理しながら、ベストなサービスを考えて提供することになり、その過程を管理職は「コーチング」(John Whitmore 1993)でサポートするのである。こうして20世紀の終わりに、質の高いサービスを実現するためのマネジメント論や組織論が完成することになった。

 20世紀の半ばから目標の自己管理を提唱し、その前提として権限移譲をあげたのは、ドラッカーの先見の明である。しかし、その時代の限界もあり、当然のこととして、彼の組織類型に「逆さまのピラミッド」は入っていない。また、1999年に発表された文章でさえ、「万能の組織構造などというものは、存在しえない」とか、「存在しうるのは、それぞれが特有の強みと弱みを持ち、その場面ごとに適用されるべき組織構造である」とか、「組織とは、ともに働く人たちの生産性を高めるための道具である」とか言いながらも、結局は「最終的な意思決定者がいなければならない」とか「誰にとっても上司は一人でなければならない」などと、上意下達のピラミッド組織を前提にしている表現が随所にみられる。

 「今後もマネジメントの権限と権力、意思決定と命令、所得の格差、上司と部下と言う現実は残る」と半ば諦めながらも、「しかしわれわれには、誰もが自らをマネジメントの一員であるとみなす組織をつくりあげる課題がある」と述べている箇所もある。大量規格生産の製造業を中心とする時代を生きた人だから、当然と言えば当然なのだが、サービス業中心の時代に入ってからのドラッカー以降の議論の展開をみずに、ドラッカーを懐古しているだけでは、彼のいう課題は解決しない。ドラッカーが提唱したスタッフによる目標の自己管理は権限移譲を大前提としており、権限移譲を確実なものにするのが逆さまのピラミッドという組織なのである。

※引用はいずれも『マネジメント 基本と原則』より。
「看護過程こそが目標管理 ・・・ドラッカーを読み解く」「目標管理は患者・学生とかかわることで成功する」「看護師の目標管理」「学生が看護師を目指した理由]などもご覧ください。

文献・資料
1)P.F.ドラッカー『現代の経営』ダイヤモンド社.
2)P.F.ドラッカー『マネジメント 基本と原則』ダイヤモンド社.
3)諏訪茂樹「目標管理 ドラッカーの意図と限界」日本保健医療行動科学会年報 Vol.27, p253-257
4)諏訪茂樹「ティーチングとコーチングで自立した看護師を育て、質の高い看護の実現へ」(インタビュー記事)医学界新聞 Vol.2921, p4-5

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看護師の目標管理

看護師単なる負担となった目標管理

 仕事を覚えるだけで精一杯だった新米看護師の時期を終えて、ようやく仕事に慣れてきた2,3年目の頃が、本来は仕事が一番楽しくなるはずである。ところが、何とか一人前に仕事をこなせるようになった頃に、やりがいの問題に直面する看護師が少なくない。事故を防ぐために業務が細かくマニュアル化されているほど、まるで単純労働者のように可もなく不可もなく、パターン化された日常業務をこなすだけとなり、看護の仕事に楽しみも喜びも感じられなくなってしまう。自分は何のために看護師を目指して、何のために看護をしているのかも分からなくなってしまい、継続意欲が薄らぎ、退職へとつながることもある。

 やりがいの問題に効果を期待されたのが、目標管理であった。ところが、目標管理を提唱したドラッカーも述べている通り、目標管理は広く取り入れられるようになったが、本来の目標管理を実行している職場は残念ながら少なく、看護界もその例外ではない。目標管理が仕事のやりがいやスタッフの労働意欲につながっておらず、むしろ単なる負担になっている職場さえある。もしも、目標管理にスタッフが意義を感じていなかったり、本来業務の障りになっていたりするのであれば、その現実から目をそらさず、しっかりと誠実に向かい合わなければならない。もう一度、目標管理の原点に立ち返り、今のやり方を見直さなければならないのである。

 「目標管理のねらいは職場によって違う」などと言っているビジネス界のコンサルタントもいるが、ドラッカーが提唱した目標管理の本来のねらいは、ただ一つである。権限(決定権)を握った管理職がスタッフにノルマを与えて、その達成を指示・命令しても、スタッフは仕事を楽しめないし、よい結果も生まれない。スタッフに権限移譲して、自分で目標を立てもらう方が、やりがいと責任を伴い、動機づけが強く働くことから、よりよい結果が期待できるのである。目標管理は主体的なマネジメントの方法(各自の仕事の進め方)であり、スタッフ支配や人事考課の手段でないことは、ドラッカーの著作を読めば明らかである。

看護過程そのものが目標管理

 ドラッカーが目標管理を提唱した『現代の経営』は、1954年に出版された。つまり、それは大量規格生産による製造業中心の時代であり、その頃から製造業に従事する単純労働者の働きがいが問題となっていた。そのために、目標をノルマとして与えるのではなく、自分で目標を立てて主体的に働いてもらい、やりがいと生産性を高めようとしたのである。さらに、生産や営業の現場では生産量や売り上げなどと、業績が数字で表現されるために、目標も立てやすかった。それに比べると、工業化に伴い増えてきた事務職の仕事は数量的に把握しにくく、そこで、目標を立てて目指すところを明確にすることで、仕事の励みにしようとしたのである。

 20世紀も終わりになると、先進国では労働力の安い海外に製造現場を移すことにより、工業中心からサービス業中心の時代へと、急速に移行していった。そして、高度なサービスを提供する専門職も増えることとなり、例えば医療職、福祉職、教育職など、養成に2~6年の高等教育を必要とする専門職もめずらしくなくなった。単純労働者が多かった20世紀には数少ない専門家の名称に先生の「師」をつけたが、20世紀の終わりごろから新しくできる資格には専門家の「士」をつけている。つまり、専門家は「先生」と呼ぶほどの特別な存在ではなくなり、まさに21世紀は専門職の時代なのである。

 単純労働者のように指示通り、マニュアル通りに働くのではなく、一人ひとりの顧客に合った最善のサービスを考えて提供するのが専門家であり、つまり、専門職の労働様式は目標管理そのものなのである。だから、病院でも医師は職員の目標管理システムの対象から外されていたり、あるいは形だけの適応になっていたりすることが多い。もちろん、看護師も医師と同様に専門職である。そして、一人ひとりの患者をアセスメントしたうえで、目標を立てて計画し、実践して評価する看護過程は、目標管理そのものである。それなのに、仕事は単純労働者並みにマニュアル化されていたり、事務職と同じ目標管理システムに組み込まれていたりする職場もめずらしくない。

人事部任せやコンサルタント任せにしない

 病院の人事部や外部のコンサルタントが、専門家である看護師の仕事を理解しているとは、とうてい思えない。それなのに、看護師の目標管理を、人事部やコンサルタントに任せてしまっている病院もある。その結果として見られるのが、単純労働者や事務職と同じレベルの目標管理や、看護師の本来業務とは直接関係のない目標設定である。もちろん、導入の段階では人事部やコンサルタントの助けを借りるのもよいが、専門職である看護師の目標管理は、看護部が主導権を握って実施するのが本来であり、主導権を看護部へと徐々に移して行かなければならない。

 ドラッカーも述べているように、強みを生かして職場に貢献することが、何よりも大切である。そして、専門家としての看護師の強みは、言うまでもなく看護業務そのものであり、看護師の目標管理の目的は、よりよい看護の実践以外にない。ただし、よりよい看護と言っても漠然としており、チームで看護を提供する以上、一人ひとりが勝手に考えて同床異夢となってもいけない。そこで、病院や看護部の理念、あるいは基本方針に基づいて、各自が具体的な実践目標を考えることになる。もちろん、その目標は日々の看護実践を通して達成されるものであり、一人ひとりの患者の看護目標とは別に、たとえ年間目標を立てることになったとしても、それは同様である。

 マニュアルは基本であり、必要最低限のサービスしか実現しない。もちろん、新人看護師であれば、マニュアルに即した看護の修得を目標としてもよい。しかし、マニュアルを超えた質の高いサービスを提供するのが専門家である。したがってベテランになるほど、質の高い看護サービスの提供が一次的な目標とならなければならず、資格取得や看護研究はそのための二次的な目標に過ぎない。二次的な目標や看護実践と直接関係のない目標ばかりを立てさせられて、しかも、その達成度によって給与や賞与を左右されてしまうならば、本来業務である看護は二の次になってしまい、看護の質が悪化の一途をたどることは避けられなくなる。

 単に生活のためだけではなく、患者さんのためによい看護をしたいという動機から、多くの看護師は職業選択しているはずである。そして、よい看護を実現するために行うのが目標管理なのであり、それは本来、仕事のやりがいや本人の自己実現へとつながっていくものなのである。本来業務の看護から外れた目標管理は、速やかに改善されなければならない。看護師の働きがいや継続意欲へと、目標管理は結びつかなければならない。

「看護過程こそが目標管理 ・・・ドラッカーを読み解く」、「学生が看護師を目指した理由」、「目標管理は患者・学生とかかわることで成功する」などもご覧ください。

文献・資料
1)P.F.ドラッカー『現代の経営』ダイヤモンド社.
2)P.F.ドラッカー『マネジメント 基本と原則』ダイヤモンド社.
3)諏訪茂樹「目標管理 ドラッカーの意図と限界」日本保健医療行動科学会年報 Vol.27, p253-257
4)諏訪茂樹「ティーチングとコーチングで自立した看護師を育て、質の高い看護の実現へ」(インタビュー記事)医学界新聞 Vol.2921, p4-5

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パート労働とサービスの質

Photo  「指示通り・マニュアル通りにしか働かなければ、ファーストフードのアルバイト店員と同じであり、安かろう・悪かろうのサービスしか提供できない」というのが、講演会や研修会での私の常とう句である。質の高いサービスを実現するためにはスタッフの一人ひとりがベストなサービスを考えて、主体的に提供しなければならず、そのために管理職は顧客と直接に向かい合う先端のスタッフに権限を移譲して、スタッフ自身に目標管理をしてもらい、それを管理職がコーチングでサポートするという、逆さまのピラミッド組織でなければならないというのが、私の話の脈絡であり、趣旨である。

 ところが、訪問サービスを提供する介護職の研修で、「そんなこと言っても、スタッフの大半はパートだ」というご指摘をいただいたことがある。確かにその通りであり、今日の在宅介護のかなりの部分は、パートタイム労働によって支えられているのが現実なのである。それでは、パートやアルバイトの人では、本当に質の高いサービスを提供できないのか。クレームの大半を占める接遇の問題が、スタッフを常勤にすれば解決するのかと、私は自問自答しなければならなくなった。

 「利用者を見下すような表現」「命令的な口調」「暴言」「他の利用者と比較して批判」「職員がいつも雑談」「やる気なし」(某県の社会福祉協議会に寄せられたクレーム)など、接遇の問題は、決して非常勤のスタッフに限ったことではなく、常勤のスタッフでもありえることである。パートやアルバイトといった不安定な雇用形態が問題の背景だというのは、根拠の曖昧な考えだと言わざるを得ない。雇用が安定しているからこそ、つまり、簡単に解雇されないからこそ、手を抜いて働く人がいるのも事実なのである。では、どうすれば接遇の問題は、解決するのであろうか。

 質の高いサービスを実現する専門職のすべてが、常勤で働いているわけではない。例えば、テレビ番組の出演者のように番組1本いくらという賃金体系もあるし、一日いくらとか夜勤1回いくらという賃金で働く高度な専門職もいる。介護職も専門職であるならば、すべてが常勤である必要はなく、多様な雇用形態があってもいいと思う。ただし、パートの介護職の賃金を調べたところ、時給1,000円などと、単純労働者並みの賃金が珍しくなかった。サービスの質を決定するのは賃金だけではないが、しかし専門職である以上、質の高いサービスを提供するために、専門的な知識と技術に磨きをかけなければならない。また、質の高いサービスのために計画を立てたり、準備したりしなければならず、そのためにはお金も時間も必要なのである。それなのに時給1,000円では時間を切り売りしながら、指示通り・マニュアル通りに働くしかなく、安かろう・悪かろうのサービスも避け難くなる。専門職だと言いながら、単純労働者並みの賃金しか払えないような介護報酬にした学者・役人・政治家には、大いに反省してもらいたい。また、土地が余っているから駐車場にでもしようという程度の安易な動機で介護事業に参入し、賃金改善のための経営努力もしない一部の経営者は、心を入れ替えるべきである。

 とはいえ、介護職の賃金を改善して、サービスの質を高めるためには、利用者の負担増も避けることができないし、もしも負担増が嫌ならば、そこそこの質のサービスで満足しなければならない。普通車に乗っておきながら、おしぼりサービスがないと文句をいっても仕方がない。それが嫌ならばグリーン車に乗るべきである。スーパーマーケットで買い物をしておきながら、買ったものを袋に入れてくれないと文句をいうのも非常識である。それが不満ならばスーパーマーケットには行かず、デパートやコンビニで買い物をするべきなのである。利用者は負担もせずに、契約外のサービスを要求してはならないし、そのような要求に対してプロである介護職は、はっきりとした態度で臨むべきである。

 いずれにせよ、介護にかかわる以上は、スタッフであれ、経営者であれ、学者であれ、役人であれ、賃金の高低にかかわりなく、介護という仕事のやりがいや社会的価値を、しっかりと理解しなければならない。困っている人にサービスを提供して喜んでもらえる、やりがいのある仕事である。また、高齢社会や今後の超高齢社会を支える、なくてはならない社会的価値のある仕事である。このような、やりがいや社会的価値が動機となっていれば、たとえ仕方がなく、そこそこの質のサービスしか提供できなくても、少なくとも利用者への暴言や暴力、やる気のない不貞腐れた態度などは、生まれてこないはずである。

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言葉かけ -読売新聞に取材記事

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 20年も前に介護福祉士養成校の学生と一緒に取り組んだ研究が、未だに、ときどき紹介される。12月3日の読売新聞「くらし」面で介護時の言葉かけが取り上げられて、ヘルパーステーションの所長とともに私のインタビュー記事が掲載された。オンラインでも閲覧可能だが、こちらはしばらくするとアクセスできなくなると思う。http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=33932

 なお、指示は嫌われるが、援助者は指示を出さざるを得ず、上手く指示を出すことが大切というのが、日ごろの私の主張である。なかなか上手く伝わらないというか、物事はそんなに単純ではないし、正確に伝えるのは難しい。

 言葉かけの研究をまとめた拙書『介護専門職のための声かけ・応答ハンドブック』(中央法規出版)は増刷を重ねて、20刷を超えるロングセラーとなっており、後追いで類似書も何冊か出版されるほど。高齢者への言葉かけに始まり、私はその後、患者への言葉かけ、学生への言葉かけなどと、医療、福祉、教育の分野全般へとテーマを広げてきた。

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真実の瞬間 -愛ではなくサービス

Photo 愛、愛、愛と言われて、うんざりしている医療職、福祉職、教育職の皆さん。プロフェッショナルとしてもっともな反応だと、私は思います。患者、高齢者、障がい者、生徒・学生などへの愛情が欠かせないことは、言うまでもありません。しかし、家族だって愛だし、隣人関係だった愛だし、ボランティアだって愛だし、プロまでが愛のみで勝負しようとすれば、プロである意味がなくなるのです。ことさら愛を強調する専門家や専門分野があるとすれば、まだプロとして未成熟だと言わざるを得ません。
 それでは、プロならではの医療や福祉や教育とは、いったい何なのでしょう。ヤン・カールソルの『真実の瞬間』(ダイヤモンド社)を読むと、説得力のある一つの答えを見つけることができます。
 プロである以上、商品を売って生活費を稼ぎます。ソニーにとってはウォークマンが商品であり、トヨタにとってはプリウスが商品です。病院や福祉施設や学校にとっては、何が商品となるのでしょうか。それはサービスそのものであり、医療サービスや福祉サービスや教育サービスこそが商品なのです。そして、その商品であるサービスは、連続する「真実の瞬間」に提供されます。例えば、病院であれば、医師の腕前や建物は確かに商品の重要な一部ですが、それが全てではありません。患者が玄関に到着したとき、受付を済ますとき、待合室に入ったとき、診察室に入ったとき、診察と説明を受けるとき、会計を済ますとき、玄関を出るときなど、連続した沢山の「真実の瞬間」があります。これらの「真実の瞬間」で提供されるサービスの積み重ねが商品なのです。(※まるでコンシェルジェのように、病院の玄関先で先頭に立って、患者を出迎えている看護部長もいます。もちろん、すべての看護部長がそうするべきだと、私は思っていません。)
 商品になるような、つまり、お金を出して買ってもらえるような、品質の高いサービスを提供するのがプロです。もちろん、サービスの品質を評価するのは、サービスの提供者ではなく、その利用者(顧客)です。そして、サービスの品質を充分に管理できるのは、決して管理職ではありません。利用者と直に向かい合い、サービスを提供している一人ひとりのスタッフなのです。管理職が「真実の瞬間」の全てに立ちあい、品質を管理することなど、できるはずがありません。プロとしてサービスを提供する一人ひとりのスタッフこそが、それぞれの「真実の瞬間」に立ちあい、品質を維持したり改善・向上したりすることができるのです。そうすると、スタッフの一人一人を自らのサービスの管理者として、品質を自己管理できるように育て上げることが、何よりも大切となります。権限移譲された自立したスタッフが目標の自己管理(ドラッカー)をして、それを管理職がコーチング(ウィットモア)でサポートするという、逆さまのピラミッド(アルブレヒト)へと、議論はつながって行きます。

SAS(スカンジナビア航空)の1000万人の顧客は1回のフライトで平均5人のスタッフに接することになり、一人のスタッフに接する時間は平均して15秒であり、その15秒で顧客はSASを評価することになるという。

文献:ヤン・カールソル『真実の瞬間』(ダイヤモンド社)、P.F.ドラッカー『現代の経営』(ダイヤモンド社)、ジョン・ウィットモア『はじめのコーチング』(ソフトバンク)、カール・アルブレヒト『逆さまのピラミッド』(日本能率協会マネジメントセンター).

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