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ドラッカーの限界

Photo  ドラッカーの本を読んで「古いなー」と思うのは、私だけだろうか。もしドラ・ブームの中、ドラッカーの言葉がたびたび引用されるので、改めて読み返してみた。彼の大著「現代の経営」が出版されたのは何と1954年であり、「もしドラ」の主人公のみなみが読んだ「マネジメント 基本と原則」も1974年に刊行されたものである。つまり、大量規格生産による製造業中心の時代の真っ只中に書かれたのであり、日本ではまさに高度経済成長(1955~1972年)が始まり、さらに安定成長期(1973~1991年)へと移行した時期であった。

 その後、先進国では20世紀の終わりに、賃金の安い海外へと製造現場を移すことになり、製造業中心からサービス業中心へと産業構造が一気に変化していった。サービス業では顧客満足が事業の成否を左右するために、それが決まる「真実の瞬間」(Jan Carlzon 1985)に立ち会う現場のスタッフに権限移譲されなければならない。そのために、大量規格生産を実現してきた上意下達のピラミッド組織は役に立たなくなり、サービスの利用者である顧客を一番上に据えた「逆さまのピラミッド」(Karl Albrecht 1988)が登場したのである。顧客の真下に位置づけられたスタッフは自分で目標管理しながら、ベストなサービスを考えて提供することになり、その過程を管理職は「コーチング」(John Whitmore 1993)でサポートするのである。こうして20世紀の終わりに、質の高いサービスを実現するためのマネジメント論や組織論が完成することになった。

 20世紀の半ばから目標の自己管理を提唱し、その前提として権限移譲をあげたのは、ドラッカーの先見の明である。しかし、その時代の限界もあり、当然のこととして、彼の組織類型に「逆さまのピラミッド」は入っていない。また、1999年に発表された文章でさえ、「万能の組織構造などというものは、存在しえない」とか、「存在しうるのは、それぞれが特有の強みと弱みを持ち、その場面ごとに適用されるべき組織構造である」とか、「組織とは、ともに働く人たちの生産性を高めるための道具である」とか言いながらも、結局は「最終的な意思決定者がいなければならない」とか「誰にとっても上司は一人でなければならない」などと、上意下達のピラミッド組織を前提にしている表現が随所にみられる。

 「今後もマネジメントの権限と権力、意思決定と命令、所得の格差、上司と部下と言う現実は残る」と半ば諦めながらも、「しかしわれわれには、誰もが自らをマネジメントの一員であるとみなす組織をつくりあげる課題がある」と述べている箇所もある。大量規格生産の製造業を中心とする時代を生きた人だから、当然と言えば当然なのだが、サービス業中心の時代に入ってからのドラッカー以降の議論の展開をみずに、ドラッカーを懐古しているだけでは、彼のいう課題は解決しない。ドラッカーが提唱したスタッフによる目標の自己管理は権限移譲を大前提としており、権限移譲を確実なものにするのが逆さまのピラミッドという組織なのである。

※引用はいずれも『マネジメント 基本と原則』より。
「看護過程こそが目標管理 ・・・ドラッカーを読み解く」「目標管理は患者・学生とかかわることで成功する」「看護師の目標管理」「学生が看護師を目指した理由]などもご覧ください。

文献・資料
1)P.F.ドラッカー『現代の経営』ダイヤモンド社.
2)P.F.ドラッカー『マネジメント 基本と原則』ダイヤモンド社.
3)諏訪茂樹「目標管理 ドラッカーの意図と限界」日本保健医療行動科学会年報 Vol.27, p253-257
4)諏訪茂樹「ティーチングとコーチングで自立した看護師を育て、質の高い看護の実現へ」(インタビュー記事)医学界新聞 Vol.2921, p4-5

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