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コミュニケーションとは

communicatus  コミュニケーションに関心を抱き、勉強しようとした人を、ガッカリさせることがあります。「そもそもコミュニケーションとは何か」が知りたくなり、専門的な文献をあたっていると、「メッセージ、送り手、受け手の三つの要素により、コミュニケーションは成り立っている」などという解説を目にするのです。このような解説は社会科学者が書いたものや、それを参考にしたものに多いようです。三つの要素から成り立っているのは確かでしょうが、そんなことを知りたくてコミュニケーションを勉強しようと思う人は、ほとんどいないはずです。コミュニケーションに困って勉強を始めた人は、こうして最初から期待を裏切られることになるのです。

 専門的な文献を読むよりも、まずは身近にある英和辞典で調べる方が、役に立つかもしれません。私たちはcommunicationという英語を日本語に訳すことなく、そのままカタカナでコミュニケーションと表現しています。そのために、ひごろはコミュニケーションの意味を改めて調べることもないのですが、その意味をあえて英和辞典で調べてみるのです。そうすると、実にたくさんの意味と出会うことになります。「伝達」や「通信」は受験英語でも習いますが、その他にも「交通」、「熱の伝導」、「ウィルスの感染」など、まさかと思うような意外な意味まで載っているのです。

 こうなると、コミュニケーションとは何かが、ますます分からなくなるかもしれません。しかし、これらの多様な意味の根底には、共通する何かがあるはずです。そして、その何かを知るためには、語源まで遡るしかありません。そこで、コミュニケーションの語源を動詞のcommunicateで調べてみると、ラテン語で「共有した」を意味する過去分詞のcommunicatusにたどり着きます。そして、その原形は「共有する」を意味する動詞のcommunicareであり、ここに至って初めてコミュニケーションの核心に触れたように思えるのです。

 なるほど、確かに、交通によって同じ場所を共有することができます。熱が伝導すれば同じ熱を共有することになります。ウィルスに感染すれば同じ病気を共有することになります。つまり、何かを共有することが本来の意味なのであり、私たちも「メッセージをやり取りして共有すること」という意味で、コミュニケーションという言葉を使っているのだと、納得できるのです。

 言ったはずのことが伝わっていなかったり、言ってもいないことが伝わっていたりと、私たちはメッセージの共有にひごろから苦労しています。メッセージの共有が上手く行かないために、人間関係でトラブルが生じたり、グループや組織の活動に支障を来たしたりして、その解決策を求めてコミュニケーションを勉強し始める人が少なくないのです。

文献
・諏訪茂樹 2000:人と組織を育てるコミュニケーショントレーニング,日本経団連出版.
・諏訪茂樹 2001:対人援助とコミュニケーション -主体的に学び、感性を磨く,中央法規出版.
・寺澤芳雄編 1997:英語語源辞典,研究社.

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コメント

専門家らしく、説得力のある解説で、とても頼りになります。コミュニケーションブームなのでしょうか、思い込みや思い入れ100%の定義が多すぎます。

投稿: ゆず | 2009/12/02 22:56

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