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コミュニケーション能力を改善・向上する教育

1.実習中の会話が苦手な学生

Blindwork20081106153006mini 医療系や福祉系の養成校で働く教員が、たびたび「最近の学生はコミュニケーション能力が低下している」と嘆いている。ところが、企業への就職内定者を対象にした悩み相談として、私が2008年の2月に執筆したフレッシャーズQ&A 人間関係(毎日コミュニケーションズ「マイコミフレッシャーズ」)でも、「初対面の人とうまく話せない」とか「仲のいい人としか関われない」という学生がめずらしくなかった。つまり、コミュニケーション能力に問題があるのは医療系や福祉系の学生に限ったことではなく、今日の若者全体の特徴のようである。ただし、医療や福祉や教育など、対人サービスに従事しようとする者にとっては、コミュニケーション能力の問題が致命的となるのであり、そのために対応が迫られることになる。

 私のゼミの学生が卒業研究で取り組んだ調査では、「実習中に患者と上手く会話ができていると思うか」と尋ねたところ、回答した172名の看護学生のうち、「ほぼできている」が7.6%、「そこそこできている」が47.1%、「あまりできていない」が41.9%、「まったくできていない」が3.4%であった(2006年、甲斐)。また、2年後に別の学生が取り組んだ調査でも、「実習中に患者と上手くコミュニケーションを取れていると思うか」と尋ねたところ、回答した111名の看護学生のうち、「ほぼできている」が5.4%、「そこそこできている」が55.9%、「あまりできていない」が35.1%、「全くできていない」が3.6%であった(2008年、村田)。

 これらの調査から言えることは、教員による評価は別として、半数を超える学生が「実習中の患者とのコミュニケーションは上手くできている」と考えていることである。ところが、質問の仕方を変えて、「患者とのコミュニケーションが得意か」と尋ねてみると、回答した看護学生108名のうち、「たいへん得意」が0.9%、「そこそこ得意」が32.4%、「あまり得意ではない」が60.2%、「全く得意ではない」が6.5%となった(2008年、村田)。つまり、「患者とのコミュニケーションは苦手だが、実習中は何とか努力して、上手くこなしている」という学生の姿が、これらの結果から見えてくる。

2.そもそも初対面での会話に自信がない

 それでは、患者とのコミュニケーションが苦手という学生の背景には、いったい、どのような事情があるのだろうか。この点についても、これまでに私のゼミの学生たちは、様々な視点から調査をしてきた。ボランティア活動、サークル活動、アルバイト経験などの有無、家族規模や兄弟数など、様々な要因との関連を探ってきた。そのなかで、今のところ確実に関連していると言えるのは、「初対面での交流への自信」だけである。統計学に基づいて相関関係を分析した結果、初対面の人との交流(会話)に自信がある人ほど、実習中の会話にも自信があり(相関係数0.446、P<0.01、2006年 甲斐)、患者との交流が得意なのである(相関係数0.429、P<0.01、2008年 村田)。

 「実習中の会話が苦手だから、初対面での交流に自信がない」と説明するよりも、逆に、「初対面での交流に自信がないから、実習中の会話も苦手になる」と説明する方が、説得力がある。確かに、最近の若い人たちは防犯上の理由から、「知らない人と口を利かないように」と親に言われて、幼少時代を過ごしてきたであろう。また、学生になってからも、旅行の際にも仲のいい友達と一緒であり、初対面の人と出会う機会の多い一人旅などはしなくなっている。こうして、初対面の人と交流する機会が少なく、ごく親しい人達だけと過ごす環境の中で育ったことが、初対面での交流の不得意へとつながり、その結果、実習中も患者との会話に苦労すると考えられるのである。

Faculty_communication

3.初対面の人と交流する体験学習

 そうすると、実習中にサービス利用者(患者など)と無理なく会話できるよう、学生に苦手意識を克服してもらうためには、どのような教育が必要なのかが、自ずと分かってくる。もちろん、学生を教室から街に出したり、一人旅をさせたりして、初対面の人と会話させる教育ができれば一番いい。しかし、諸事情によりそれが困難であるならば、せめて学生間で充分に交流させて、そこから学んでもらう演習による体験学習が必要となる。仲良しグループ内で交流しても仕方がない。ほとんど話したことのない学生や苦手な学生と積極的に交わり、共同作業をしたり、議論をしたりしながら、どうすれば上手くかかわれるのかを体験学習するのである。

 医療系・福祉系の専門家を育てる養成カリキュラムが見直されて、今後、コミュニケーションに関する科目の授業時間数が大幅に増やされることになる。もちろん授業時間数が増えるのは大いに結構だが、問題はどのような教育がなされるかである。座学でコミュニケーションに関する本を読んだり、一方通行の講義を聞くだけでは、コミュニケーション能力の改善・向上を望めず、せいぜいコミュニケーションとは何かが分かるだけである。しかし、コミュニケーションとは何かが分かっても、実際に利用者と上手くコミュニケーションができなければ仕方がない。国家試験の選択問題で正解を選ぶことができたとしても、それをコミュニケーション能力とは言わないのである。自転車の乗り方が分かっていても自転車に乗れない人がいたり、乗り方は説明できないのに乗れる人がいたりするように、「分かる」と「できる」は異なる。医療系や福祉系の専門家を育てるには、「わかる」ことを目指す知識教育ではなく、「できる」ことを目指す実践教育こそが必要なのである。

※ ゼミの学生が調査したデータはいずれも本人承諾の上で公開したが、出所の卒業論文は未公開である。
※ 相関係数は0~1(-1)の値を取り、0だと無相関、1(-1)だと完全(逆)相関ということになる。

演習による体験学習「分かる」と「できる」などもご参照下さい。

文献:諏訪茂樹「対人援助とコミュニケーション -主体的に学び、感性を磨く-」中央法規出版諏訪茂樹「人と組織を育てるコミュニケーション・トレーニング」日本経団連

 

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