« 打たれ強いのだ | トップページ | これ、これ »

「分かる」と「できる」

blind_work 様々な体験を通して学習することを「体験学習」と言います。本を読んだり講演や講義を受講したりすることも体験ではありますが、体験学習の体験は読書や聴講のように受身的ではなく、もう少し能動的な学習をするのが一般的です。特定の職業を一日体験したりとか、特定の課題を達成するために作業をしたりとか、主体的な身体の動きを伴うことが多いのです。

 もう何年も前になりますが、ある大学の新入生を対象にして、2泊3日の体験学習をお手伝いした時の話です。特定の課題を達成するための作業をした後で、振り返りの時間を設けました。「もっと上手く行うためには、どうすればよいのか」を考えてもらったのです。一通りアイディアが出尽くしたところで、「それでは、もう一度やってみましょう」と言うと、新入生が「もう分かったよ」「分かったから、やらなくてもよいだろう」と言い出したのです。そこで私は、「分かるとできるは違う。たとえ分かったとしても、できなければ仕方がない」と言い返したことを、今でも時々思い出します。

 「分かればよいのだ」という考え方は、知識偏重教育の産物なのでしょうか。少なくとも私が最終的に目指しているのは「できる」ことであり、その過程に「分かる」という段階があるに過ぎないのです。

 「分からないし、できない」と「分かって、できる」とでは、前者より後者の方がよいに決まっています。そして、その間に、「分かったけど、できない」と「分からないけど、できてしまう」とがありますが、どちらがよいのでしょうか。やはり後者の方がよいと、私は考えます。前者よりも後者の方が、ゴールに近いのです。

 以上のことは、あくまでも体験学習での話です。そして、すし詰めの階段教室では、そうも言ってられない現実があります。知識教育を前提にして作られたのが階段教室です。もちろん、さまざまなことにチャレンジしようとしていますが、やはり一方通行の講義をするのが最も現実的であり、ペーパーテストで知識の量をはからざるを得ないという、理想とは異なる悲しい現実があるのです。

演習による体験学習コミュニケーション能力を改善・向上する教育などもご参照下さい。

文献:諏訪茂樹「人と組織を育てるコミュニケーション・トレーニング」日本経団連諏訪茂樹「対人援助とコミュニケーション -主体的に学び、感性を磨く-」中央法規出版

|

« 打たれ強いのだ | トップページ | これ、これ »

コメント

はじめまして!

先生の「コミュニケーションと人間関係」を使い
医療と福祉の専門学校で、コミュニケーション技法と、いう
授業をしています。

私も、生徒さんには、必ず、分かると、出来るは違うことを
まず、最初に知ってもらっています。

幸せなことに、選択授業なので少人数で授業できます
ワークを沢山経験し、実のなる授業目指して頑張っています

投稿: 直子 | 2005/06/06 23:43

 このブログをスタートさせて1ヶ月となり、約600人のビジターに恵まれましたが、コメントは初です。ありがとうー。
 教育職受難の時代ではありますが、めげることなく、互いにがんばりましょう。

投稿: 諏訪茂樹 | 2005/06/07 07:39

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 打たれ強いのだ | トップページ | これ、これ »